午後からも、愛菜は芹奈さんにかじりつくようにして仕事をしていて、そんな愛菜の背中越しに、時折芹奈さんと横田さんは何かの会話をやりとりしている。

そんな時の愛菜の顔は、とても誇らしげに見えた。

まるでお父さんとお母さんに挟まれた、よく出来る優秀な子供みたいだ。

そう思って、ふと思考が停止する。

それでは横田さんと芹奈さんが、夫婦になってしまうのでは?

「どうしたの? 疲れた?」

さくらが声をかけてきた。

私はあわてて首を横にふる。

「いや、なんでもないし」

自分の顔が、自分で赤くなっていくのが分かる。

こんな変な妄想、誰かに知られたらそれこそ笑いものだ。

「疲れたっていうより、なんかちょっとさみしいのかも。一気に話題を、愛菜に持っていかれちゃったようなかんじで」

そんなことを言って、誤魔化してみる。

「そんなことないよ、明穂はいつだって、みんなの関心の的だから」

さくらの顔は、いつになく真剣だ。

「なによそれ」

さくらの心配性には、頭が下がる。

だけど愛菜が来てくれたおかげで、なんとなく、さくらや芹奈さん、七海ちゃんとの間にあった変な空気が、うやむやになったのも事実。

「色々あったけど、愛菜もここに来た以上、みんなと仲良くやっていくことになったんだよね」

「ね、明穂、さっき私が言ったことは、本当よ。だから、なにか困ったことがあったら、いつでも相談してね」

「僕でもいいですよ!」

市山くんも割り込んでくる。

「ありがとう」

「はいどうぞ。コーヒー置いておきますね」

七海ちゃんがいれてくれたカップを手にする。

じんわりとした暖かみが伝わって、少しほっとする。

七海ちゃんは普通にカップを配り終わった後、自分の席についた。

私と目が合っても、ふっと目をそらして、そのまま何事もなかったように仕事を始める。

また今までのように、穏やかな職場に戻ればいいな。

温かいカップのその後だったら、私も素直に仕事に打ち込める。

その日予定されていた仕事を終えた私は、片付けを始めていた。

さすがの愛菜も出勤初日は疲れたようで、芹奈さんから仕事の終わりを告げられたのを、ほっとしたように聞いている。

「ねぇ愛菜、一緒に帰らない?」

何となく、そう声をかけてみただけだったのに、芹奈さんはびっくりしたような顔でこっちを見るし、横田さんは落ち込んだような顔をして、ため息をついた。

「え、なんなんですか?」

「何でもない」

横田さんと芹奈さんは急に二人でくっつきあって、何かを小声で話し始めた。

横田さんの女嫌いセンサーも、彼女には作動しないらしい。

別に、今さらそんなことは気にしないし。

芹奈さんは美人で賢い。

愛菜は鞄を肩にかけた。

「いいわよ、一緒に帰りましょう」

彼女はそう返事をしてくれて、私たちは一緒に局を出た。

「お疲れさま、初めてのお仕事はどうだった?」

二人で歩く帰り道、私はちょっとわくわくしている。

愛菜は鞄からスマホを取り出した。

「ねぇ、芹奈さんって、いつからここに来てるって言ってたっけ?」

彼女はスマホで、職員専用ページを検索していた。

「なによ、本当に私よりちょっと早いだけじゃない」

「ね、疲れたでしょ、どっかでご飯食べてく?」

「そうだ! ちょっと他にも聞きたいことがあるの!」

彼女は、私の腕を強く引いた。

「どうしよう、その辺のお店でいいかな」

「ねぇ、愛菜、どうせならちゃんとご飯食べようよ」

その言葉で、彼女はようやく私と目を合わせる。

「あぁ、そうね、どこでもいいわ」

私たちは、すぐ目の前にあったファミレスに入った。

「ねぇ、芹奈さんって、どんな人? 趣味とかは? 性格は?」

食事メニューのページを開いた私に、愛菜は矢継ぎ早に質問をくり出す。

「昼間ね、彼女のプロフィール画面を見ようと思ったのよ、でも監視の目がきつくってさ、そんな隙がなかったんだよね」

「愛菜はなにを食べるの?」

「もう今さらさ、ハッキングしてフレンド登録も出来ないじゃない? あ、コイツ、勝手に侵入したなって思われるし」

唐突に彼女は、感心したように腕組みをした。

「まいったよなー、さすがだよねー、セキュリティっていうか、しっかりしてるわー」

「料理の注文、していいかな」

「何を頼むの?」

「クリームソースのパスタ」

「同じのでいい」

タッチパネルで選んだメニューに、数量2のボタンを押す。

それで注文は完了。