それからちょうど一週間が過ぎた頃だった。

愛菜が採用面接に合格し、私たちと同じ部署に配属された。

その日、彼女は判で押したような、教科書みたいな仕事着スーツで局に現れた。

「えーっ!!」

局長に連れられてやってきた彼女を見て、私は本気で驚いた。

「本当に採用されたんだね!」

彼女との親密な関係は続いていて、この一週間、直接会ってはいなかったけれども、たわいのない日常会話のやりとりは、ずっとネット上で続いていたのだ。

「本日付で採用されました、乃木愛菜です」

彼女はとても晴れやかな笑顔を見せた。

私とずっとやり取りをしていた大量のメッセージの中で、そんなことは一度も出てこなかったのに。

「皆さんには、色々とご迷惑をおかけしました。申し訳なかったと、今では反省しております。これからは同じ職場の人間として、責任をもって、仕事に邁進していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします」

うれしい。

七海ちゃん以来の新人さんだ。

私は惜しみなく賞賛の拍手を送った。

一生懸命、手を叩いていたのは、私だけだったけど。

愛菜はぐるりと周囲を見渡す。

芹奈さんが最初に動いた。

「山下芹奈です。私も、一ヶ月前に採用されたばかりなの。同じ新人同士、よろしくね」

あぁ、そうだった。

全く新人らしくない芹奈さんのことを、すっかり忘れていた。

彼女は右手を愛菜に差し出す。

自分より少し背の高い芹奈さんを見上げるようにして、愛菜はその手を握った。

「あなたのことは、資料を見て事前によく知っているわ。フレンド登録はしないけど、同じ職場の人間として、連絡先には登録しておきます」

愛菜は、ニッとした表情を返した。

それから順番に、部署の人間と握手を交わす。

七海ちゃんが終わって、最後に私のところへ来た。

「おめでとう!」

私の心からの賛辞を、彼女は実にあっさりと吹き飛ばした。

「どうも」

一緒にはしゃいでくれるかと思っていた私は、ちょっとがっかりしてしまった。

愛菜は凄く落ち着いていて、とても冷静だった。

まぁ、憧れの職場にようやく採用されたんだもん、そんなにふざけてばかりは、いられないよね。

彼女もきっと、緊張しているんだ。

「こっちへ来て。仕事の説明は、私からします」

芹奈さんが愛菜を呼んだ。

唐突に愛菜は、私にささやく。

「あの人も、新人なんでしょ?」

「そうだけど、すごく優秀な人だよ」

「PPは?」

「2000越え」

「へー」

愛菜は芹奈さんの勧める椅子に座った。

芹奈さんが愛菜にする説明を、横田さんはじっと腕を組んで見つめている。

「明穂さん、僕たちはこっちで、いつも通りのことをしましょう」

市山くんに促されて、私は自分の席につく。

「やっぱり、なんかいい気はしませんね」

七海ちゃんが小声でささやいた言葉に、さくらも声をひそめる。

「仕事だから、仕方ないよ。なんだかんだで世の中には、色んな人がいっぱいいるってこと」

「大丈夫。大丈夫ですよ」

市山くんは、静かに微笑む。

「僕たちは、いつものように過ごしましょう」

彼はさっきまで体を小さく丸めて小声で話していたのを、反り返って大きく伸ばした。

一度にっこりと笑顔を作ってから、彼のデスクにさしてあるロリポップキャンディーを取り出す。

「はい、どうぞ」

彼が包みを取ってくれたキャンディーを、私はそのまま口にくわえた。

甘いラズベリーの香りが、周囲に広がる。

「あー、私も欲しい!」

「はいはい」

七海ちゃんにも同じように、彼は食べさせてあげる。

いつもの風景だ。

ようやく緩んだ空気に、私も安心する。

その背中越しに、愛菜に説明を続ける芹奈さんの淡々とした声が聞こえてきた。

大丈夫、気にしない。

愛菜にとっては、やっと入れた憧れの職場だし、芹奈さんは出来る人。

いつも通りに過ごしていれば、すぐに自分の意識にもなじんでくる。

私はキャンディーをくわえたまま、パソコン画面に向かった。