彼女は相変わらず細い腕に白い肌で、まっすぐな黒髪を肩先で揺らしている。

どこにでもいそうな、本当に普通の女の子。

私はピンクうさぎのたけるを背負って、日の陰り始めた世界に立っている。

もう彼女とは、現実世界で関わらないのかと思っていた。

「なにしに来たの?」

「やだ、そんなに警戒しないでよ」

彼女はくすくすと笑った。

「今日は、特に何の予定もなくってさ。時間が空いちゃったから、一緒に晩ご飯でもどうかなーと思って」

「晩ご飯?」

「そ、飲みに行こう」

「なんで突然そんなことを……」

「いいじゃない、友達なんだから」

今、突然に気がついた。

私は間違いなく、その言葉に弱い。

するりと絡みつく愛菜の腕。

これは、彼女から私が逃げられないようにそうしているのかとも思ったけれど、繁華街に出る頃には腕を組むことなく、普通に並んで歩いていた。

「普段はあんまり行かない居酒屋さんなんだけどね、気に入ってるんだ。ネットとかには上げたりしない、私の秘密のお店」

「一人で行くの?」

「たまにね」

彼女の足取りは、鼻歌のように軽い。

雑踏の中で、私たちと同じように、並んで歩く女の子とすれ違った。

二人は真剣に何かを話し合っている。

仕事の悩みなのかな、上司の愚痴とか、恋人の話だったりするのかな。

こんな大きな人の流れに紛れていると、自分が本当にただの無力な、何も出来ない人間の一人で、自分の価値なんてどこにもないんだと思う。

この大多数のその他と、私は何一つ変わらない。

愛菜の腕は、相変わらす白くて細かった。

「ここよ」

こぢんまりとした、和風の居酒屋。

一枚板のカウンターに、焼き魚の臭い。

「いらっしゃい!」

ねじりはちまきのおじさんは、まさに絵に描いたような理想的な親父さんで、他にも板前さんらしい生身の人間の従業員三人に、アシスタントロボット二体が動いている。

「とりあえず、ビール2つ」

愛菜はカウンター越しにそう伝えた後で、くるりと私を振り返った。

「ビールでよかったよね」

「うん」

こんな風景とこんな会話は、動画の中でしか見たことがなかった。

目の前にゴトリと置かれる、冷えた二つのビールジョッキ。

「ま、とりあえず乾杯」

軽く合わせたグラスの音が、耳の奥に響く。

私が思い描きつつも叶えられなかった想像の世界を、愛菜は軽々と飛び越えてくる。

一回やってみたかったんだよね、こういうの。

職場の飲み会とかじゃなくて、女の子同士でさ。

彼女は勢いよくビールをあおってから、長く息を吐いた。

「私さ、後悔してるんだ、脅迫状送ったこと」

出てきたのは、オクラとミョウガの付け出し。

「目立ちたかっただけなのよね、今を思えば。炎上商法ってやつ? 私がここにいるんだってことを、世間に知らしめたかったの。ケーキ屋で終わる自分じゃないって。多分ね」

彼女はそれを一口つまんで、箸を置いた。

「ね、人格調査と職業マッチングって、どうやって決まってるの? 昔、学校でやったよね、まだPPとかなかった時代だったけど、それに近いようなやつ。もしかしたら、今みたいに勝手に計算されるのもあったのかもしれないけど、学校で配られたアンケートに答えて、職業適性検査とかやるやつ」

「あったよね」

「アレ見て、いい加減なもんだなーって、いつも思ってた。それが進化して、精度を上げたのがPPだよね」

オクラとミョウガの和え物って、初めて食べた。

なんかおしゃれだし、おいしい。