朝の日差し、目覚ましの音と共に、自動でカーテンが開く。

爽やかな目覚めには、朝日を浴びることが最適だ。

「明穂、おはよう! 今日もいいお天気だね!」

人間の体に、朝日が調整役を果たすこと。

そんなことは、芹奈さんに言われなくても知ってる。

窓だって、わざわざ自分で開け閉めしなくても、こうやってホームセキュリティアカウントに登録しておけばいいだけのことだ。

誰でもやっている。

芹奈さんだって、きっとそう。

「そうだね明穂、愛菜ちゃんからメッセージが17件届いているよ」

たけるの声はかわいいのに、そのセリフには頭が痛む。

ブロックすることも禁止されたから、リアルタイムミュートには設定しているけれど、私は彼女の相手をしなくてはならない。

これは業務命令なのだ。

「読み上げて、たける」

「最初の1件目だよ。さっきはゴメンね、突然職場に押しかけたりしちゃって、やっぱ迷惑だった? あの受付の……」

彼女からのメッセージは、とりとめのない日記みたいな雑談ばかりで、特に返事を要するものでもなければ、オチのつく話しでもない。

そもそもリアルタイムで私が返信を返していないのだから、彼女の勝手な独り言が延々と続く。

「それでね、お店のお客さんがさ……」

「もういいよ、たける、ストップ」

たけるが静かになった。

「愛菜からのメッセージ、全部削除」

「本当に、全部削除してもいい?」

「いいよ」

「愛菜ちゃんからのメッセージを、全部削除したよ」

「ありがとう」

私はたけるを抱いて、外に出る。

昨日は愛菜が押しかけてきたせいで、午後からはろくに仕事が出来なかった。

いくら業務命令だからといっても、自分の分まで他の人に押しつけるわけにはいかない。

PPにだって、影響する。

私は今、局内の女子チームたちと喧嘩中なのだ。

悪いのは喧嘩をふっかけてきた七海ちゃんと、よけいなお節介の芹奈さん、そして、私が孤立しているのに助けようとしない、さくら。

そんな人達に、これ以上つけいるスキを与えてはいけないのだ。

遅刻だって厳禁。

車を降り、局の敷地に急いで足を踏み入れた時だった。

「わっ!」

背後からの大きな声と、トンと背中を押す圧迫感に、驚いて振り返る。

けたけたと笑う愛菜が、私の右腕にするりと腕を絡めてきた。

「おはよう! 毎日マジメだね」

「何しに来たの!」

私が怒るようにして腕を振りほどこうとしたら、彼女は離されまいと、ぎゅっと絡めた腕を強くした。

「ちょっと、お友達に対してそれは酷くない?」

「友達じゃないって言ってるじゃない!」

「なに言ってんの、友達でしょ?」

楽しそうに腕にしがみつく愛菜の重みは、決して軽いものではない、強い意図がある。

「放して!」

「あ、そうだ!」

彼女は、ぱっと顔を近づけた。

「今日はさ、仕事さぼって、遊園地に行こうよ!」

愛菜の腕を振りほどき、しわになった服を払う。

彼女は自分のスマホを取り出した。

「私があの、横田とかいう上司に許可とってあげるから」

取り出したスマホに、何か操作をしている。

彼女はそれを耳に押し当てた。

「あ、横田さん? そう、明穂ちゃんと今日は遊びに行ってくるから、うん、そう、えぇ、よろしくね」

それだけを言って、スマホを鞄に放り込んだ。

「さ、行こっか」

「ちょっと!」

「大丈夫、行ってきていいってさ。横田さん、意外とやっさしー」

愛菜を無視して、自分のスマホを取り出す。

横田さんに電話をしようとしたら、それよりも先にメッセージが届いた。

『長島少年からの指示だ。気をつけて行ってこい』

たったそれだけの単語の文字列に、一気に力が抜ける。

あぁ、面倒くさい。

どうして私がこんな子の相手をしなくちゃならないんだろう。

「どこ、行くのよ」

「あ、一緒に行く気になってくれた? わーい、うれしい」

彼女の右腕が、再びするりと腕に絡みつく。

「愛菜、もう決めてあるんだ」

私は彼女に、強制連行されていく。

そう、これはあくまで、強制連行なのだ。

彼女は待機中の車を呼び寄せると、その中に無理矢理私を押し込んだ。

「明穂さぁ、最近、ドリームランドのページ、見てたでしょ?」

結局、なんだかんだでハッキングした私のタブレットの中身を、勝手に盗み見してるじゃないか。

「だから、そこに行こうって決めてたんだ」

彼女は、にこっと笑った。

「ね、うれしいでしょ?」

「横田さんの番号、どうして知ってるの?」

「明穂のアドレス帳をコピーした」

車は静かに走り出した。