「横田さんと保坂さんの紹介で来ました」

そう言って受付のロビーに陣取った彼女は、物珍しそうにガラス張りの一階社屋、受付ロビーを見渡す。

「へー、結構いいところに建ってんだね、しかも、おしゃれな感じで」

「ここへ来たこと、なかったの?」

相手が女性ということもあって、女嫌いの横田さんは面会をパス。

なぜかしら天才少年長島健一氏の指示により、私が一人で彼女に対応することになった。

「だって、別にどこでもよかったんだもん。脅迫状送るの」

紅茶が運ばれてくる。

白い厚手の陶器に、わずかに揺れる湯気の気配が、6月のしっとりとした湿気をさらに強化してくる。

「わ、ありがとうございまーす」

自分で受付に頼んでおいて、出されたカップを彼女はうれしそうにすすった。

「で、なんの用?」

「私をここに引き抜いてくれる話し、どうなった?」

「そんなこと、できるわけないじゃない」

「なんでよ、ちょっとくらい、いいじゃない」

「なにが『ちょっと』なの?」

意味が分からない。

私がそんな顔をしていると、彼女はくすくすと笑った。

「ま、別にいいんだけど」

足をぶらぶらとさせて、子供みたいに笑っている。

落ち着きなく周囲を見渡していたその視線が、たけるにとまった。

「かわいいよね、そのウサギ」

たけるについて、誰からも何かを言われる筋合いはない。

「昨日きたときも、そう思ってたけど」

彼女は、ふいに顔をあげた。

「ねぇ、私と友達になってよ」

「えぇ?」

困ったように眉をしかめても、彼女はそんなことは全く気にしない。

「じゃ、決まりね。アドレス交換して?」

「嫌よ、断る」

彼女のカメラが、たけるに向けられた。

「私、こういうのは得意なんだよね」

彼女のスマホから発した電波が、私のたけるに勝手に侵入し、彼の体を侵食した。

「明穂! 乃木愛菜さんと、フレンド登録したよ!」

「ちょっと!」

たけるからの報告。

私は一切、そんなことは許可していないのに! 

愛菜からのハッキング行為だ。

「へー、ダイエット中なんだ、別にそんな太ってないじゃない」

たけるの中からスマホを取り出し、彼女の登録を削除しようとしても、全く機能しない。

「なによ、これ!」

「いいでしょ、私が作ったフレンド登録アプリ」

このままでは、私の全てが覗かれてしまう。

必死でウイルスを削除しようとしても、既存のウイルスセキュリティでは、対応していない。

「大丈夫だよ、フレンド登録するだけで、他の個人情報は、元の設定通り、こっちで好きに変更するわけじゃないから」

彼女は自分のスマホを見ながら、うれしそうに笑う。

「みんなさ、バカみたいにフレンド登録してるくせに、見向きもしない人間っているじゃない? 登録したけど、一回も連絡とらないとか、その場の雰囲気だけでお互いに登録しあってて、後で見ても誰だったか思い出せないとかさ」

彼女の横顔はいたって普通で、ごくごく平凡だった。

「もう死んじゃっていない人とか、名前も覚えてないような人とか、友達じゃないけど、友達な人って、いっぱいいるじゃない? そういうところに私もこっそり紛れ込んで、友達になるんだ」

まだ温かいカップを持ち直した彼女の視線が、真横に流れる。

「知らない友達。だけど、友達。誰も気づかないし、削除もされないのよ」

「そんなことして、楽しい?」

「楽しいに決まってるじゃない。友達って、多い方がいいに決まってるでしょ?」

「友達じゃないじゃない」

「友達として、カウントされてるよ?」

愛菜はにっこりと微笑む。

「PPの計算用に決まってるじゃない。だから、私よりPPの高い人を見つけたら、適当に友達になってもらってるんだ」

彼女の手が、たけるの頭にぽんぽんと乗った。

「かわいいよね、この子。たけるっていうんだ」

「ありがとう愛菜! 愛菜もかわいいよ!」

たけるの言葉に、彼女は微笑んだ。

「ね、お願い、明穂。私、友達少なくて、寂しいんだ」

彼女の視線が、ゆっくりと床に落ちていく。

「これもね、何かの、ひとつの縁ってゆうか、きっかけだとも思うんだよね。私も、自分を変えたいと思ってるんだ、本当に」

そんな風にしおらしい態度を見せられても、なんとも返事のしようがない。

彼女は、要注意人物なのだ。

愛菜が局を立ち去ったあとで、スマホのフレンド登録を強制解除してもらおうと思ったら、長島少年から『そのままで』と言われた。

PP3000の考えていることは、本当に分からない。

「今日は、乃木愛菜ちゃんとお友達になったね!」

一日の終わりを告げる、たけるの爽やかな音声。

私は愛菜と、友達になった。