「あぁ、どうぞ」
横田さんは慌てて立ち上がり、彼を招き入れる。
「皆さんに、お願いしたいことがあるんです」
彼の姿を視界に捕らえるやいなや、いち早く七海ちゃんがお茶を運んできた。
彼のファンクラブはあっという間に出来上がっていて、そこで共有されている情報網では、温かい玄米茶が好みという話しだ。
「先ほど、こちらの部署から報告があがった、データ不正処理監視過程での違和感の件ですが」
「はい」
全員が彼の回りに集まった。
「犯人が分かりました」
「えぇ!」
「これが、その資料です」
彼は杖をつく足を引きずり、すぐ横にあった横田さんのパソコンを操作する。
局内専用のネットワークからダウンロードしたファイルを、長い長いパスワードで開くと、全員にその極秘ファイルが配られた。
「この資料に見られる人物が、ここにハッキングを仕掛けてくるのがその一因です。立て続けに送られてくる爆破予告も、結局はこの人物の単独犯のようですね」
会議用の画面に映し出された映像には、顔写真に住所、年齢、家族構成から現在の生活状況に至るまで、ありとあらゆる個人情報が、てんこ盛りに記載されている。
横田さんの報告送信から、1時間も経っていない。
「それで、この人をどうしろと?」
芹奈さんが尋ねた。
「現在の状況では、逮捕まで望んでいません。あなたたちは、警察組織ではないですからね」
逮捕もなにも、私たちにそんな権限はなかった。
公務執行妨害とか、脅迫罪みたいな罪で訴え出ることしか出来ない。
だけど彼の話では、相手をどうにかしようというつもりは、現時点でないということか。
横田さんの視線が、透明な彼の上をさまよっている。
多分この人も、彼の真意を探ろうとしていた。
「少し泳がせて、お灸を据えて下さい。この人物の後ろには、いわゆる実体なき素人ハッカー集団がいます。一番取り締まりの難しい、厄介な連中です」
「ここは、政府から独立したPPの監視部門ですよ?」
「だから、動きやすいところもあると思います」
PP3000の考えていることは、よく分からない。
「とりあえず訪問して、いたずらをやめるよう勧告してください。詳細はそちらにお任せします」
「訪問?」
横田さんは変な声をあげた。
「私たちが、直接、ですか?」
「そうです。最初の訪問者は、あなたと、そうですね、明穂さんが適任でしょう」
彼はにっこりとした笑顔を見せた。
「ここから、比較的近い住所からアクセスしているようです。居住地から一番近い施設を標的にするなんて、まぁ、犯罪心理のセオリー通りですね」
飄々と話し続ける彼に、横田さんはため息をついた。
この少年の言うことは理解不能でも、上官からの業務命令として、履行しなければならない。
「とにかく、お任せしましたよ。報告はどんな些細なことでも、こまめに、的確に。では、よろしくお願いします」
ぺこりと軽く頭を下げて、扉から出て行った彼は、この部屋に変な空気を残していった。
「あぁん! やっぱりカッコいい!!」
まずは七海ちゃんのテンション。
「これって、これからここに来てくれる機会が多くなるってことだよね!」
「なんで、横田さんと明穂さんなんでしょうかね」
市山くんは、首をかしげる。
「まぁ、言われたからには、やらないといけないけど……」
芹奈さんが私を見た。
「大丈夫かしら、頼りなさ過ぎて、実に不安だわ」
一番言われたくないセリフを、一番言われたくない人から言われる。
さくらはそんな私の気持ちも知らずに、ぐっと親指を立てた。
「資料の読み込みと分析、サポートは任しといて!」
「通常業務と平行になるから、しばらく忙しくなるな」
横田さんはため息をつき、私はたけるを抱きしめた。
どうせなら、さくらと一緒の方がよかったな。
なんでよりにもよって、この人となんだろう。
七海ちゃんと口げんかをしてから、女子チームとの不協和音が続いている。
七海ちゃんはむちゃくちゃ張り切ってて、芹奈さんと資料の解析の話しを始めている。
さくらまで一緒になっちゃって、あの三人はすっかり仲良しだ。
本当に、どうせなら、さくらと一緒がよかった。
私は横田さんを見上げた。
彼も私と全く同じような顔をして、こっちを見ていた。
横田さんは慌てて立ち上がり、彼を招き入れる。
「皆さんに、お願いしたいことがあるんです」
彼の姿を視界に捕らえるやいなや、いち早く七海ちゃんがお茶を運んできた。
彼のファンクラブはあっという間に出来上がっていて、そこで共有されている情報網では、温かい玄米茶が好みという話しだ。
「先ほど、こちらの部署から報告があがった、データ不正処理監視過程での違和感の件ですが」
「はい」
全員が彼の回りに集まった。
「犯人が分かりました」
「えぇ!」
「これが、その資料です」
彼は杖をつく足を引きずり、すぐ横にあった横田さんのパソコンを操作する。
局内専用のネットワークからダウンロードしたファイルを、長い長いパスワードで開くと、全員にその極秘ファイルが配られた。
「この資料に見られる人物が、ここにハッキングを仕掛けてくるのがその一因です。立て続けに送られてくる爆破予告も、結局はこの人物の単独犯のようですね」
会議用の画面に映し出された映像には、顔写真に住所、年齢、家族構成から現在の生活状況に至るまで、ありとあらゆる個人情報が、てんこ盛りに記載されている。
横田さんの報告送信から、1時間も経っていない。
「それで、この人をどうしろと?」
芹奈さんが尋ねた。
「現在の状況では、逮捕まで望んでいません。あなたたちは、警察組織ではないですからね」
逮捕もなにも、私たちにそんな権限はなかった。
公務執行妨害とか、脅迫罪みたいな罪で訴え出ることしか出来ない。
だけど彼の話では、相手をどうにかしようというつもりは、現時点でないということか。
横田さんの視線が、透明な彼の上をさまよっている。
多分この人も、彼の真意を探ろうとしていた。
「少し泳がせて、お灸を据えて下さい。この人物の後ろには、いわゆる実体なき素人ハッカー集団がいます。一番取り締まりの難しい、厄介な連中です」
「ここは、政府から独立したPPの監視部門ですよ?」
「だから、動きやすいところもあると思います」
PP3000の考えていることは、よく分からない。
「とりあえず訪問して、いたずらをやめるよう勧告してください。詳細はそちらにお任せします」
「訪問?」
横田さんは変な声をあげた。
「私たちが、直接、ですか?」
「そうです。最初の訪問者は、あなたと、そうですね、明穂さんが適任でしょう」
彼はにっこりとした笑顔を見せた。
「ここから、比較的近い住所からアクセスしているようです。居住地から一番近い施設を標的にするなんて、まぁ、犯罪心理のセオリー通りですね」
飄々と話し続ける彼に、横田さんはため息をついた。
この少年の言うことは理解不能でも、上官からの業務命令として、履行しなければならない。
「とにかく、お任せしましたよ。報告はどんな些細なことでも、こまめに、的確に。では、よろしくお願いします」
ぺこりと軽く頭を下げて、扉から出て行った彼は、この部屋に変な空気を残していった。
「あぁん! やっぱりカッコいい!!」
まずは七海ちゃんのテンション。
「これって、これからここに来てくれる機会が多くなるってことだよね!」
「なんで、横田さんと明穂さんなんでしょうかね」
市山くんは、首をかしげる。
「まぁ、言われたからには、やらないといけないけど……」
芹奈さんが私を見た。
「大丈夫かしら、頼りなさ過ぎて、実に不安だわ」
一番言われたくないセリフを、一番言われたくない人から言われる。
さくらはそんな私の気持ちも知らずに、ぐっと親指を立てた。
「資料の読み込みと分析、サポートは任しといて!」
「通常業務と平行になるから、しばらく忙しくなるな」
横田さんはため息をつき、私はたけるを抱きしめた。
どうせなら、さくらと一緒の方がよかったな。
なんでよりにもよって、この人となんだろう。
七海ちゃんと口げんかをしてから、女子チームとの不協和音が続いている。
七海ちゃんはむちゃくちゃ張り切ってて、芹奈さんと資料の解析の話しを始めている。
さくらまで一緒になっちゃって、あの三人はすっかり仲良しだ。
本当に、どうせなら、さくらと一緒がよかった。
私は横田さんを見上げた。
彼も私と全く同じような顔をして、こっちを見ていた。