街の灯りがキラキラと輝いて、そこを通り過ぎてゆく人たちは、確かな足取りでどこかへ向かい歩いていて、私なんかよりも、もっとずっと大事な何かを、抱え考えながら生きてるんだろうなと、そう思った。
「PPって、なんだろうね」
「単なる数字ですよ」
市山くんと並んで歩く、人混みのど真ん中。
私もこの中では、単なる一人の人間なんだろうな。
みんなと同じように、変わらないように見えるんだろうな。
本当はまったく違う、ダメ人間なんだけど。
ふと見ると、行き交う人混みの中に見覚えのあるコートの裾が翻る。
繁華街の交差点に立って、ティッシュを配っていたのは、横田さんだった。
「え……、あれって、横田さんだよね」
「本当だ、なにやってんだろ」
横田さんは、着古した薄手のコートを羽織り、街ゆく人たちにティッシュを配っていた。
何かの広告入りのポケットティッシュみたいだけど、差し出されるそれを受け取ってくれる人の数は、多くはない。
自分という存在を無視して、ただただ通り過ぎてゆくだけの人々に向かい、彼は柔らかく白いティッシュの束を、無心に差し出し続ける。
「横田さん、なにやってるんですか」
声をかけた私に、彼は全く表情を崩すことなく答えるた。
「ティッシュ配りだ」
「……え?」
彼は深く息を吐き出す。
「人は、時にはこうやって、無心にティッシュを配りたくなる時があるだろ」
彼の指先に挟まれたティッシュは、その華麗な手首のスナップによって、夜の街に踊り踊る花びらのようだ。
「俺はこのティッシュ配りのノルマを達成するまで、帰れない。もし明日職場に現れなかったら、まだティッシュを配っていると思ってくれ」
その立ち居振る舞いは、完璧なプロだ。
「あの、これから市山くんとご飯を食べに行くんですけど、一緒にどうですか?」
「聞こえなかったのか。俺はあのティッシュを全て配り終わるまで帰れない」
横田さんの視線の先には、路上に積まれた段ボール箱が二箱あった。
この人は、何の目的でこんなことをしているんだろう。
全くの謎だ。
「邪魔だ。どけ」
「あの、手伝いましょうか?」
おずおずとそう言った市山くんに、彼は鋭いにらみを効かせて黙らせると、夕闇の虚空に向かって手を伸ばし続ける。
その姿には、一種の神々しささえ感じられた。
それ以上、横田さんから何らかの反応を返してもらうことは、私たちにはもう不可能のように見えた。
「明穂さん、行きましょっか」
「うん」
雑踏に溶け込む横山さんの背中を見ながら、私たちはそっとその場を離れる。
黙々と己の目標に向かって突き進むその彼に、スーツ姿のあごひげをたたえた老紳士が近寄り、何かを話しかけた。
いつくか短い言葉を交わした後で、彼らは一緒にティッシュを配り始める。
「何なんですかね、あれは」
「さぁ」
私から見れば、異様な光景だ。
だけど、彼のことを知らない人間からみれば、なんてことのない風景なんだろうな。
市山くんは、ティッシュを配り続ける二人にカメラを向ける。
出てきた数値は2130と2218。
「……好き、なんだよね、アレが」
「虚無僧感覚ってやつなんですかね」
「やりたくて、やってるってことなんだよね」
「まぁ、そうとしか言いようが……」
「だったら、いっか」
「そうですよね」
今の横田さんは、とても生き生きとしていて、見るからに楽しそうだ。
「ご飯、行こっか」
「はい」
私と市山くんは歩き始めた。
夜の雑踏には、その見た目だけでは判断しようのない、様々な人たちであふれている。
「PPって、なんだろうね」
「単なる数字ですよ」
市山くんと並んで歩く、人混みのど真ん中。
私もこの中では、単なる一人の人間なんだろうな。
みんなと同じように、変わらないように見えるんだろうな。
本当はまったく違う、ダメ人間なんだけど。
ふと見ると、行き交う人混みの中に見覚えのあるコートの裾が翻る。
繁華街の交差点に立って、ティッシュを配っていたのは、横田さんだった。
「え……、あれって、横田さんだよね」
「本当だ、なにやってんだろ」
横田さんは、着古した薄手のコートを羽織り、街ゆく人たちにティッシュを配っていた。
何かの広告入りのポケットティッシュみたいだけど、差し出されるそれを受け取ってくれる人の数は、多くはない。
自分という存在を無視して、ただただ通り過ぎてゆくだけの人々に向かい、彼は柔らかく白いティッシュの束を、無心に差し出し続ける。
「横田さん、なにやってるんですか」
声をかけた私に、彼は全く表情を崩すことなく答えるた。
「ティッシュ配りだ」
「……え?」
彼は深く息を吐き出す。
「人は、時にはこうやって、無心にティッシュを配りたくなる時があるだろ」
彼の指先に挟まれたティッシュは、その華麗な手首のスナップによって、夜の街に踊り踊る花びらのようだ。
「俺はこのティッシュ配りのノルマを達成するまで、帰れない。もし明日職場に現れなかったら、まだティッシュを配っていると思ってくれ」
その立ち居振る舞いは、完璧なプロだ。
「あの、これから市山くんとご飯を食べに行くんですけど、一緒にどうですか?」
「聞こえなかったのか。俺はあのティッシュを全て配り終わるまで帰れない」
横田さんの視線の先には、路上に積まれた段ボール箱が二箱あった。
この人は、何の目的でこんなことをしているんだろう。
全くの謎だ。
「邪魔だ。どけ」
「あの、手伝いましょうか?」
おずおずとそう言った市山くんに、彼は鋭いにらみを効かせて黙らせると、夕闇の虚空に向かって手を伸ばし続ける。
その姿には、一種の神々しささえ感じられた。
それ以上、横田さんから何らかの反応を返してもらうことは、私たちにはもう不可能のように見えた。
「明穂さん、行きましょっか」
「うん」
雑踏に溶け込む横山さんの背中を見ながら、私たちはそっとその場を離れる。
黙々と己の目標に向かって突き進むその彼に、スーツ姿のあごひげをたたえた老紳士が近寄り、何かを話しかけた。
いつくか短い言葉を交わした後で、彼らは一緒にティッシュを配り始める。
「何なんですかね、あれは」
「さぁ」
私から見れば、異様な光景だ。
だけど、彼のことを知らない人間からみれば、なんてことのない風景なんだろうな。
市山くんは、ティッシュを配り続ける二人にカメラを向ける。
出てきた数値は2130と2218。
「……好き、なんだよね、アレが」
「虚無僧感覚ってやつなんですかね」
「やりたくて、やってるってことなんだよね」
「まぁ、そうとしか言いようが……」
「だったら、いっか」
「そうですよね」
今の横田さんは、とても生き生きとしていて、見るからに楽しそうだ。
「ご飯、行こっか」
「はい」
私と市山くんは歩き始めた。
夜の雑踏には、その見た目だけでは判断しようのない、様々な人たちであふれている。