その日の局長は、いつにもましておろおろとしていた。

「どうしよう。うちの局でも、そんなふうになっちゃうのかな」

悪天候による天気の急変で、雷の直撃を受けたという別の拠点のPP局が機能不全を起こし、社会に混乱が生じたというニュースで、朝から日本中がわいていた。

この小さなおじさまは、いつものようにおろおろと続ける。

「雷なんて、そんなのおかしいと思わない? 実はサイバーテロを受けてダウンしたのを雷のせいにして隠蔽してるって、ネットではすごい噂になってるし。それって本当なのかな」

「局長がそんなこと言って、どうするんですか」

昨日飲み過ぎたせいで、ちょっと頭が痛い。

少し時間を遅らせて出勤した私は、この問題で局長にまだ絡まれていない、局内最後の人間だったらしい。

「だけど、怖いよね。もしうちの設備が機能ダウンして、演算速度に支障がでたら……」

「まぁ、各所のサーバーが補完しあってますからね。まずそういうことはありえませんけどね」

「ありえないことを想定して行動するのが、危機管理なんだよ」

局長の心配性はいつものことだけど、最近は特に酷いような気がする。

勝手に一人でただ心配しているだけならいいんだけど、回りに絡むのだけはやめてほしい。

「そうならないように、局長が上にかけあって、さらなる設備増強を提案して下さい!」

「あっ、そうか! なるほどさすがだね保坂くん!」

かわいい所長の顔が、一気にまたかわいくなった。

「早速、事務の手続きを検討してみるよ、ありがとう!」

軽快な小走りで走り去る局長の背中は、微笑ましくもあるけれども、ちょっぴり呆れてる。

「明穂ちゃん、お茶いれたんだけど、どうかしら?」

受付ロビーからようやく抜け出してフロアに入ってきた私に、芹奈さんは湯飲みを持ってきてくれた。

抽出された濃縮エキスをお湯で溶いたんじゃない、本物の高級茶葉から入れたほうじ茶だ。

「あぁ、いい香り! こういうの、たまに飲むと本当にほっとしますよね」

「そうね、私も疲れてる時なんかに、時々飲むの」

白くて柔らかそうな手は、ちょっと失礼だけど、お母さんの手みたいだ。

出勤時のPPを見て、昨晩飲み過ぎた私の体調を気づかっていれてくれたのかな。

私だって、彼女のその魅力と気遣いに完全にやられてる。

ノックアウト。

「芹奈さんみたいなお嫁さんが欲しいですぅ~」

私の発言に、みんなが笑った。

それでなんで、横田さんだけ顔が赤いんだ。

「何を言ってるんだ、お前は!」

「横田さんにはもったいないって、言ってるんです」

「職場の人間関係を、プライベートに持ち込むな」

「職場恋愛は、禁止されていませんよ」

横田さんはさらにもう一段階、ゆで加減を上げてぷりぷりと怒りながらパソコンに向かった。

芹奈さんはくすっと笑って、あっという間に覚えた仕事を淡々とこなしている。

芹奈さんはさりげなくゆでだこ横田に何かを話しかけ、彼はそれに応じているうちに、冷静さを取り戻す。

「リーダーが入れ替わる日も近いかもね。鉄仮面より、芹奈さんの方がやりやすいだろうし」

私はさくらに言った。

お昼休み、社員食堂から運ばれてきたランチボックスを広げながら、私はなんとなくそう言ってみただけだった。

横田さんはまた気の抜けたソーダ水みたいになって、ぼんやりとただ外を見ている。

あの人、いつお昼食べてるんだろ。

「まぁ、最近の横田さんはふぬけ気味だし、もしかしたら、そろそろ異動の時期なのかもね」

「横田さんが?」

「前の職場には、いつでも帰ってこいって言われてるらしいよ」

「もしかして、そのことで悩んでるのかな?」

さくらは、さぁね、というように、肩をすくめた。