外務省、エリート外交官になる予定だった俺が、なぜか飛ばされた先が、国際ユニオン宇宙防衛局日本支部、アースガード研究センター。
地球にぶつかりそうな小惑星を事前に見つけ出し、回避する方法を考えるという、なんとも壮大かつ夢うつつのような仕事だ。
一週間という無駄に増長された時間を新人研修期間に当てられ、優秀な頭脳の持ち主である俺には、退屈すぎて睡魔と戦う方がつらかった。
そんな俺に、ようやく具体的な仕事が回ってきた。
16分おきに撮影されたという天体画像を連続再生し、そのなかから不自然な動きをする天体を見つけ出すという作業だ。
真っ黒な宇宙空間の闇の中に、白く輝く無数の天体が点在している。
それを一つ一つ重ね合わせて、異常な動きをする天体を見つけ出すというのだ。
「地球に落ちてくる小惑星が、やってくる可能性が一番高いのはどこだった?」
「火星と木星の間にある、小惑星帯」
「はい、よく出来ました」
相変わらず、この女は俺をバカにしている。
こんなことは、俺にとっては常識だ。
天文学については素人とはいえ、ある程度の予備知識は、ここに来る前に入れてきたつもりだ。
「現在見つかっている小惑星の数は?」
「60万個」
「同じ小惑星を何度も観察して?」
「正確な軌道を測定する」
「よろしい。じゃあ、これが今日の分のノルマね、あんたの優秀な頭脳で、いち早く危険な小惑星を、発見してちょうだい」
そう言って、俺の教育係と名乗る女は、俺を一台のパソコンの前に座らせた。
「この画像解析が終わるまでが、あんたの1日のノルマだからね、そこに、全人類の存亡の危機がかかってることを、忘れないでよ」
俺は将来、世界をまたにかけて活躍する男になるのだから、全人類の存亡とか言われたところで、ビビるような人間ではない。
「はいはい、知ってますよ」
パソコンの画像解析プログラムのスタートボタンを押す。解析ったって、いまや勝手にプログラムがやってくれるのを、見てればいいだけなのだ。責任もクソもない。
一般的に庶民が手にする、ごくごく普通の天体観測用望遠鏡は、とても視野が狭い。
月を観察してクレーターがはっきり見えるような望遠鏡で、せいぜい満月がまるっと1個分だ。
それでも、一つの星をじっくり観察するには、それで充分なのだ。
センターが使用している望遠鏡は、その満月が6個並べられる大きさがある。広い範囲を一度に観測することで、飛んで来る小惑星を見逃さないようにしている。
経口1m級望遠鏡の大面積CCDカメラで撮影された、膨大な量の画像を、プログラムに処理させている。
それで観察出来る星は18等級クラス。
さらに撮影した画像を重ね合わせることで、21等級までの星を観測できるようになる。
1024×1024画素の画像32枚、それを256×256画素の範囲内でプログラムにかけ、異常な行動をしている天体を発見させる。
その場合の解析は、65536通り!
暗い宇宙空間の背景に、白い点で表された天体が、パラパラと散らばっているだけの黒白画像を、じっと見ているだけなんて、俺の能力の無駄遣いでしかない。
「これ、いつまでかかるんですかね」
「さぁ」
あの女は、すました顔で別の仕事をしている。
俺をナメているのは間違いない。
ふと画面を見ると、解析残り時間の表示が、280時間!
「ちょ、こんなの、終わらないじゃないですか!」
「たまに止まったりするのよ、それを見張っててくれる? 新人くん」
コイツ、本格的に俺に仕事をさせないつもりだな。
岡山にあるセンターでは、365日体制でこんな画像を撮影しているのだ。
いくら観察したって、解析が追いついていないんじゃ、意味がない。
「こんなことって、意味あるんですか?」
「意味があるからやってるんでしょ」
女の目に、怒りの炎が不穏にうごめくのを、俺は本能で察知する。
「これ以上余計な口叩くと、本気で追い出すわよ」
この女には、後で訴えても裁判で勝てるよう、パワハラ暴言記録を詳細につけておこう。
「なんでこんなに無駄な時間がかかるんですかね、なにが悪いんだろう。そもそも、解析の速度が遅すぎるんですよね」
280時間というのが、そもそも間違っている。
「じゃ、あんたが何とかしてみなさいよ」
「知ってます」
そうか、この女は、あえて俺に難しい課題を与えようとしていたのだな。
この自分で察しろという職人気質な分かりにくさこそ、俺の最も嫌悪する体育会系の弊害だと思うが、与えられた困難な仕事に向かう意欲だけは、俺の教育係を名乗るあんなクソ女なんかに、負けていられない。
だいたい理系のくせに、文系畑の俺をバカにしているのか?
そんなくだらないイジメなんかで、つまずく俺ではない。
しかし、どうしよう。
ポンコツ低スペックパソコンは、カタカタとのんきな駆動音を立てている。
新しい高速解析プログラムを開発すればいいんだよな。
だけど、それは分かっていても、さすがの俺でも、そんな高度なプログラミング技術を持っていない。
「俺、さすがにIT技術には疎いんですけど」
「だろうね」
「外注に出すとかムリですか」
「いくらかかると思ってんだ」
女はこちらをふり向きもせず、何かの作業をしている。
「新規開発で、新しいプログラムとか、どっかの民間企業でやってないんですかね」
教育係のくせに、女は新入社員の質問に対して、返事もしない。
しかたがない、こういう時は、ネットで検索だ。
今の時代、ネットで検索出来ないものは、この世にないも同じだ。
そして、この世に存在しないものは、ネットの検索にも引っかからないように出来ている。
この世で誰よりも仕事の出来る俺が、キーボードを駆使して一通り調べてみたけれど、そんな会社はネット上に、どこにも見当たらなかった。
「あー、やっぱり、そんな会社、見当たりませんねー」
つまり、そんな解析機器は、この世にない、という結論にたどり着いた。
俺がしっかりとした完璧な仕事の報告をしているのにも関わらず、女は完全に無視している。
「俺に今からプログラミングを勉強して、開発しろってことですか?」
ここに置いてあった古くさいマウスではなく、自分で買って来た、手にしっとりとなじむ、俺に似合うハイスペックなマウスをカチカチと鳴らす。
「そりゃまぁ、やって出来ないことはないと思いますけどね、時間はかかると思いますよ。俺だって、1から勉強し直さないといけないわけだし? やる気もあるし? 勉強することは、まったく問題ないんですけど、なんせ時間がねー、今日明日は絶対ムリだとして……」
女が、ガタリと大きな音を立てて立ち上がった。こっちに近づいてくる。
「今週とか、今月中とか言われても、さすがにそれはムリだと思いますけど」
女の手は、俺の胸ぐらをグッとつかんで、ガッと引き寄せた。
「知ってます。お前なんかより、よっぽど頭のいい連中が、必死で頑張っとるわ」
「だったら、俺はなにをすればいいんでしょうか」
「とにかく黙ってろ」
「分かりました」
彼女の細い腕が、力強く引き寄せていた俺を突き放す。
にらみつけながら背を向ける仕草が、彼女の芯の強さを表している。
この俺に対して、こんなにも物怖じしない女も初めてだ。
俺の知る他の女はどれもこれも、にこにこと笑顔をたたえながらも、こちらに背を向けることなく、正面を向けたまま全力で後退していった。
一度寄せては引く、波のように、安全な距離を保って、遠巻きにしているだけだった。
決して、嫌われているわけではない、日本女性の常として、遠慮深いだけだ。
近くで見てみると、この女の顔もちょっと悪くないなと思った。
地球にぶつかりそうな小惑星を事前に見つけ出し、回避する方法を考えるという、なんとも壮大かつ夢うつつのような仕事だ。
一週間という無駄に増長された時間を新人研修期間に当てられ、優秀な頭脳の持ち主である俺には、退屈すぎて睡魔と戦う方がつらかった。
そんな俺に、ようやく具体的な仕事が回ってきた。
16分おきに撮影されたという天体画像を連続再生し、そのなかから不自然な動きをする天体を見つけ出すという作業だ。
真っ黒な宇宙空間の闇の中に、白く輝く無数の天体が点在している。
それを一つ一つ重ね合わせて、異常な動きをする天体を見つけ出すというのだ。
「地球に落ちてくる小惑星が、やってくる可能性が一番高いのはどこだった?」
「火星と木星の間にある、小惑星帯」
「はい、よく出来ました」
相変わらず、この女は俺をバカにしている。
こんなことは、俺にとっては常識だ。
天文学については素人とはいえ、ある程度の予備知識は、ここに来る前に入れてきたつもりだ。
「現在見つかっている小惑星の数は?」
「60万個」
「同じ小惑星を何度も観察して?」
「正確な軌道を測定する」
「よろしい。じゃあ、これが今日の分のノルマね、あんたの優秀な頭脳で、いち早く危険な小惑星を、発見してちょうだい」
そう言って、俺の教育係と名乗る女は、俺を一台のパソコンの前に座らせた。
「この画像解析が終わるまでが、あんたの1日のノルマだからね、そこに、全人類の存亡の危機がかかってることを、忘れないでよ」
俺は将来、世界をまたにかけて活躍する男になるのだから、全人類の存亡とか言われたところで、ビビるような人間ではない。
「はいはい、知ってますよ」
パソコンの画像解析プログラムのスタートボタンを押す。解析ったって、いまや勝手にプログラムがやってくれるのを、見てればいいだけなのだ。責任もクソもない。
一般的に庶民が手にする、ごくごく普通の天体観測用望遠鏡は、とても視野が狭い。
月を観察してクレーターがはっきり見えるような望遠鏡で、せいぜい満月がまるっと1個分だ。
それでも、一つの星をじっくり観察するには、それで充分なのだ。
センターが使用している望遠鏡は、その満月が6個並べられる大きさがある。広い範囲を一度に観測することで、飛んで来る小惑星を見逃さないようにしている。
経口1m級望遠鏡の大面積CCDカメラで撮影された、膨大な量の画像を、プログラムに処理させている。
それで観察出来る星は18等級クラス。
さらに撮影した画像を重ね合わせることで、21等級までの星を観測できるようになる。
1024×1024画素の画像32枚、それを256×256画素の範囲内でプログラムにかけ、異常な行動をしている天体を発見させる。
その場合の解析は、65536通り!
暗い宇宙空間の背景に、白い点で表された天体が、パラパラと散らばっているだけの黒白画像を、じっと見ているだけなんて、俺の能力の無駄遣いでしかない。
「これ、いつまでかかるんですかね」
「さぁ」
あの女は、すました顔で別の仕事をしている。
俺をナメているのは間違いない。
ふと画面を見ると、解析残り時間の表示が、280時間!
「ちょ、こんなの、終わらないじゃないですか!」
「たまに止まったりするのよ、それを見張っててくれる? 新人くん」
コイツ、本格的に俺に仕事をさせないつもりだな。
岡山にあるセンターでは、365日体制でこんな画像を撮影しているのだ。
いくら観察したって、解析が追いついていないんじゃ、意味がない。
「こんなことって、意味あるんですか?」
「意味があるからやってるんでしょ」
女の目に、怒りの炎が不穏にうごめくのを、俺は本能で察知する。
「これ以上余計な口叩くと、本気で追い出すわよ」
この女には、後で訴えても裁判で勝てるよう、パワハラ暴言記録を詳細につけておこう。
「なんでこんなに無駄な時間がかかるんですかね、なにが悪いんだろう。そもそも、解析の速度が遅すぎるんですよね」
280時間というのが、そもそも間違っている。
「じゃ、あんたが何とかしてみなさいよ」
「知ってます」
そうか、この女は、あえて俺に難しい課題を与えようとしていたのだな。
この自分で察しろという職人気質な分かりにくさこそ、俺の最も嫌悪する体育会系の弊害だと思うが、与えられた困難な仕事に向かう意欲だけは、俺の教育係を名乗るあんなクソ女なんかに、負けていられない。
だいたい理系のくせに、文系畑の俺をバカにしているのか?
そんなくだらないイジメなんかで、つまずく俺ではない。
しかし、どうしよう。
ポンコツ低スペックパソコンは、カタカタとのんきな駆動音を立てている。
新しい高速解析プログラムを開発すればいいんだよな。
だけど、それは分かっていても、さすがの俺でも、そんな高度なプログラミング技術を持っていない。
「俺、さすがにIT技術には疎いんですけど」
「だろうね」
「外注に出すとかムリですか」
「いくらかかると思ってんだ」
女はこちらをふり向きもせず、何かの作業をしている。
「新規開発で、新しいプログラムとか、どっかの民間企業でやってないんですかね」
教育係のくせに、女は新入社員の質問に対して、返事もしない。
しかたがない、こういう時は、ネットで検索だ。
今の時代、ネットで検索出来ないものは、この世にないも同じだ。
そして、この世に存在しないものは、ネットの検索にも引っかからないように出来ている。
この世で誰よりも仕事の出来る俺が、キーボードを駆使して一通り調べてみたけれど、そんな会社はネット上に、どこにも見当たらなかった。
「あー、やっぱり、そんな会社、見当たりませんねー」
つまり、そんな解析機器は、この世にない、という結論にたどり着いた。
俺がしっかりとした完璧な仕事の報告をしているのにも関わらず、女は完全に無視している。
「俺に今からプログラミングを勉強して、開発しろってことですか?」
ここに置いてあった古くさいマウスではなく、自分で買って来た、手にしっとりとなじむ、俺に似合うハイスペックなマウスをカチカチと鳴らす。
「そりゃまぁ、やって出来ないことはないと思いますけどね、時間はかかると思いますよ。俺だって、1から勉強し直さないといけないわけだし? やる気もあるし? 勉強することは、まったく問題ないんですけど、なんせ時間がねー、今日明日は絶対ムリだとして……」
女が、ガタリと大きな音を立てて立ち上がった。こっちに近づいてくる。
「今週とか、今月中とか言われても、さすがにそれはムリだと思いますけど」
女の手は、俺の胸ぐらをグッとつかんで、ガッと引き寄せた。
「知ってます。お前なんかより、よっぽど頭のいい連中が、必死で頑張っとるわ」
「だったら、俺はなにをすればいいんでしょうか」
「とにかく黙ってろ」
「分かりました」
彼女の細い腕が、力強く引き寄せていた俺を突き放す。
にらみつけながら背を向ける仕草が、彼女の芯の強さを表している。
この俺に対して、こんなにも物怖じしない女も初めてだ。
俺の知る他の女はどれもこれも、にこにこと笑顔をたたえながらも、こちらに背を向けることなく、正面を向けたまま全力で後退していった。
一度寄せては引く、波のように、安全な距離を保って、遠巻きにしているだけだった。
決して、嫌われているわけではない、日本女性の常として、遠慮深いだけだ。
近くで見てみると、この女の顔もちょっと悪くないなと思った。