アポが取れていたので、あっさり内閣府中央合同庁舎8号館に入り、科学技術・イノベーション担当のお役人(下っ端)と会う。

通されたのは、実に密談談合にふさわしい、小さな会議室だった。

「どうも、高橋義広です」

差し出された名刺から始まる、セオリーに規則正しく則った名刺交換、こういうのは久しぶりだ。

理系の技術者集団では、めったにみられない光景で、俺は思わず泣きそうになる。

そうだ、俺がいたのは、こういう世界だった。

「で、お話というのは?」

俺は持参した資料を片手に、翔大の話を丁寧に説明した。

ついてきた文科省役人の宮下も、黙って聞いている。

「で、私にどうしろと?」

「ミサイルで撃ち落とすための、準備をしていただきたい」

彼は眉間にしわをよせ、片手で額を抑えるようにしてうつむいた。

「それは、防衛省と交渉しなくてはならないのでは?」

「まぁ、そういうことです」

「無茶ですね、あそこは普通の官庁じゃありませんよ」

「しかし、それしか方法がありません」

黒髪に、真っ黒なスーツ。七三になでつけた髪が、細身の体によく似合う。

ため息交じりに取り上げた資料を片手に、彼は組んだ足をぶらぶらさせながら、何かを考え込んでいる。

まぁ、普通に考えて、面倒くさいよな。

「これ、失敗したらどうなります? 関わらない方が、無難じゃないですか?」

高橋氏の言葉に、宮下も賛同する。

「一か八かの賭けですよね、当たれば美味しいですけど、外したら大変なことになる」

そこは文民統制、高級官僚は、絶対に実務をやらない。

「ミサイル撃つの、俺らじゃありませんから」

その言葉に、二人はふーっと息を吐き出す。

「まぁ、そう言われればそうなんだけどね」

「計画の審議、評価を下して、GOサインを出すものの立場としては、不確定な計画に、賛同するわけにはいかない」

「ちゃんとした実行計画を立てろっていう、命令書をこっちから先に出せばいいんですよ」

俺の言葉に、二人はようやく耳を傾ける気になったらしい。

「翔大が来ているという報告は受け取った、破壊措置命令を下すから、ちゃんとやれって。成功するようにちゃんとやれって言ったのに、やらない、やれなかったのは、お前らのせい」

「なるほど。でもそれだと、君側のリスクが高くなるんじゃないんですか?」

内閣府官僚の高橋氏は、実に高級官僚らしい意地悪な笑みを浮かべる。

「そんなハイリスクな選択をするような提案を、簡単に受け入れるような人間は、僕は信用出来ないけどな。どうしてそんな案件を持ってくる? 自分たちで処分出来ないからでしょう?」

「そうですよね、間違いなく成功する安全な案件なら、のっかりますけど、あまりにもハイリスクハイリターンでは、冒険に値するかどうかなんて、人生を賭けてなんて、出来ませんよ」

高橋氏は笑う。

「絶対儲かる、損はさせません。それは、相手に損をさせることで、自分たちが儲けるから。よくある詐欺師の手口だ」

彼に同調して、宮下も笑った。

まぁ、当然そう思うだろうな、俺だって、そんな冒険はゴメンだ。

「当たり前ですよ、そんなこと、するわけないじゃないですか。僕は今、確かにアースガード研究センター所属になっていますけど、元は外務省所属の官僚ですよ」

俺のお守り、心の支え、外務省の職員証を見せる。

「有効期限、切れてますけど」

ほほぉ~と、二人は感心したようにその職員証を見た。

「なるほど、危ない橋は、渡らないタイプなのですね」

「もちろんです」

「分かりました。それなら信用しましょう」

高橋氏の言葉に、宮下もうなずく。

「本当に、大丈夫なんでしょうね?」

二人の冷ややかな目が、静かに俺の体温を静かに下げていく。

「僕は、自分でヘタなリスクを負うような人間じゃありませんよ。勝算のない試合は、初めからやらないタイプです。あなたたちも得意でしょ? ノーリスクハイリターンな作文を書くのって」

「まあね」

高橋氏は、翔大の資料を机上に投げ捨てた。

「センターの連中は、そういうことを考えてませんよ。とにかく、実験や研究のことしか頭になくて、他に目の回らない連中です。

こちらに都合よく動かすことなんて、簡単ですよ。読解力もなければ、コミュニケーション能力も低い。同じ所をぐるぐる回ってて、前に進もうという気持ちがない。

自分たちの立場を、明確に言語化できない連中が、我々の創作作文に、太刀打ち出来るわけがない」

「理系バカってやつか。コントロール、可能ですか?」

「中を知ってる僕が言うんです。僕がリスクを負うと思います? 負わずにやってみせますよ」

「分かりました。そこまで言うなら協力しましょう」

高橋氏が立ち上がり、手を差し出した。

俺はそれをしっかりと握りしめる。

宮下氏とも、同様に握手を交わして、霞ヶ関を後にした。

これでもう、大丈夫。

すっかり日の暮れた官庁街は、ここが都会の真ん中かと疑うくらい、人気がない。

俺は、スマホを取りだした。

「もしもし?」

「何の用?」

電話に出たのは、香奈さんだった。

「栗原さんはいますか?」

「今は寝てる。もう少し、寝かせてあげて」

秋口の空は冷たくて、俺の手と声が震えているのは、この妙な北風のせいだ。

「俺、今日、いっぱい嘘をつきました。嘘をたくさん吐いたんでけど、こんなことが言えるのは、安心して立てる足場があるからなんです」

電話口の彼女は、ただ『うん』とだけ言った。

「だから、俺がたくさん嘘をついても、平気なんですよ。知ってました?」

「そんなの、知るわけないじゃない」

笑えるよな、これだから、正直な連中は嫌いなんだ。

「栗原さんに、よろしくお伝えください。体を大切に、無理をしないでって。僕は今日は、このまま家に帰ります」

「お疲れさま」

「お疲れさまでした」

体は寒くて震えているけど、頬だけは火照ってすごく熱い。

久しぶりだよな、こういうのもさ。