結局、いくら話し合ったところで、結論は出なかった。

2年半後の夏、人類は滅亡する。翔大という巨大隕石の落下によって。

地球防衛会議とやらは、結局なにも問題を解決することなく終了した。

決まったのは、『衝突方式の採用』のみ。

衝突方式とは、巨大隕石に向かって、弾道ミサイルや人工衛星をぶつけて、軌道を変えさせるという手法のことだ。

だが、具体的に、誰がどのタイミングで、どんなミサイルを発射するのか、詳細な話し合いは、後日ということになった。

後日って、なんだ? 後日って、具体的にいつだよ。

誰がその間に立って、連絡を取り合うのかさえ、決まらなかった。

翔大は目の前に迫ってきている。

それが2年半という時間があったとしても、『衝突方式の採用を決定』という、この10文字だけで、満足していいのか? 

そのために、一体どれだけの費用と労力をかけて、会議の準備をしたと思ってるんだ。

大体、そんなの会議なんてわざわざ開かなくたって、ほぼ最初っから結論は出てただろ。

それをこんな大げさな会議を開くことによってしか、決められないだなんて、どんだけビビリなんだ、要するに、責任の分散?

「わざわざ集まって話し合わなくても、衝突方式しか選択肢がないって、分かってましたよね」

俺が栗原さんに聞いたら、栗原さんはうなずいた。

「まぁ、本心はそうだよ」

「じゃあ、こんな会議、やる必要なかったんじゃないんですか? どうして、メールなり電話なりで、分かってることを確認しあわないんですかね。 結論よりも、『会議をした』という事実の方が、重要視されているような気がします」

「確かにそうだ」

栗原さんやセンター長の鴨志田さんは、翔大が発見されて以来、ほとんど家にも帰らず、観測を続けている。

何度見たって変わらないものを、いつまでも懸命に眺め続けている。

「翔大を観察してて、何がそんなに楽しいんですか?」

「楽しくはないさ」

栗原さんは言った。

「どれだけ観察したって、データ取り直したって、もう答えは出てるのに、何も変わりはないですよね」

栗原さんからの、返事はない。

「なのに、なんでそんなことをしているんですか?」

「不安、なんだろうな。自分たちが何も出来ないことが。何かしていないと落ち着かないってゆーか」

「これだけ努力してましたって、言い分け作りですか?」

「そうかもしれないね」

香奈先輩の手が、俺の胸ぐらをつかんだ。

「じゃあ、あんたには何が出来るっていうのよ! ショウターが落ちてくるのを、黙って見ているしか出来ない人間に、何か言う権利はあるの?」

「それが分かっているなら、なんで僕をこんなところに採用したんですか! 文句をいうことしか出来ない人間ですよ!」

じゃあなんで、俺をここに採用したんだよ! 

よりにもよってこんなタイミングでさ! 

絶望的な悲壮感の漂うこの閉鎖的な空間で、俺だけが無駄にあぶれている。

主人公はいつだって他人で、俺はお邪魔虫だ。

俺に何か出来ることがあったら、とっくの昔に、さっさと自分でやってる!

「衝突方式しか、解決方法がないと分かっているなら、どうして爆弾の準備をしないんですか? 打ち上げるミサイルの、弾道を計算していた方がいいんじゃないですか? どのタイミングで、誰がどう打ち上げるのか、どうして今回の会議で、決められないんですか!」

「俺たちに、決定権がないからだよ」

栗原さんは、疲れた顔でつぶやく。

「それは、うちの部署の担当じゃない。軍事問題が絡む、複雑な問題で、俺たちが口出し出来る立場にない」

翔大が落ちてくる。人類が滅亡する。

迎え撃つ我々に、手段はない。

「じゃあ、衝突方式っていう分かってた答えだけをだして、後は別部署に丸投げですか? それで、言われた事だけをやって、結局何がどう進行しているのかも分からないまま、『はいはい』って、要求されたデータを渡すためだけに、仕事するんですか?」

「そうだよ」

栗原さんは、うつむいた。

「各国機関と連携して、お互いに協力体制を敷いて、親密に連絡を取り合い、問題解決のために、全力を尽くすんだ」

「あぁ、そういう言い方をすると、すっごく分かりやすいですよね! 聞こえもいいし!」

栗原さんや、センター長、他のメンバーだって、必死で頑張ってることを、
俺だって知っている。

「あんたねぇ、何にも分かってないくせに、相変わらず口だけは達者ね」

香奈さんの手を、俺は振り払う。

「えぇ、僕に出来ることは何もないですよ、だって、俺はここに来たばかりだし、専門外だし、いつだってカヤの外でしたからね! 文句言われて腹が立つのは、お互い様じゃないですか!」

いつもなら、ここで鉄拳が飛んでくるはずの香奈先輩の手が、緩やかに俺から離れた。

「みんな初めてのことで、不安なのよ。それだけは分かりなさい」

「分からないですね! 不安なのも、必死なのも分かってますよ、そんなのとっくに! だったらもっと、他にすることがあるだろって、言ってるんです!」

「私の言うことが、分からないのなら、もういい。あんたに用はない」

「あっそ! いいですよ、僕にしたって、こんな何の役にも立たない、無能な部署にいたって、無意味でしょうがないですからね! 無駄な会議やって、意味の無い仕事して、そうだって分かってるのに、なんで変えようとしないんですか?」

栗原さんは、横顔を向けたままで、香奈先輩は、その場から1ミリも動かなかった。

「俺に出来ることなんて、何もないじゃないですか、どうせ、そのうち辞めるつもりだったし、今すぐ辞めてやりますよ!」

「あなたがそう言うなら、誰にも止める権利はないわ」

「じゃ、俺辞めます! さようなら!」

くるりと背を向けた俺に、香奈先輩が最後の言葉をかけてきた。

「守秘義務は守りなさい」

反吐が出る。

どこまで俺をバカにするつもりだ。

こんな所にいたって、俺は俺の無力さを見せつけられるだけでしかない。

こんなクソすぎる職場、二度と戻ってくるもんか!!