急に慌ただしくなったセンター内で、俺は一人、ポツンとしていた。

今から約3年後の夏、日本近海から北大西洋にわたる領域に、落下する可能性のある小惑星が発見された。

その一報をアメリカ空軍から受け、軌道計算のための詳細なデータ収集が本格化している。

天文学の粋を集めたこのセンターで、新人かつ門外漢の俺は、何をしていいのかも分からない。

2018 NSKと名付けられた今回の隕石は、現在はまだまだ遠い、宇宙空間を漂っている。

センター長であり、国内トップクラスの天文学者でもある鴨志田さんが、岡山の天文台から引き上げてきた。

「みんな、ご苦労だね」

がたいのいい、白髪の混じるあごひげをたたえたセンター長のまわりに、みんなが集まった。

「最初に報告をあげたのは、鴨志田さんだったんですか?」

香奈さんが詰めよる。

「あぁ、異常に動きの早い天体でね、発見したときには、思わず手が震えたよ」

そう言って、にっこりと笑う。

「いやー、学者冥利に尽きるって、こういうことなんだなぁ~、あはははは」

「笑ってる場合じゃありません!」

 最初に発見したのが、ここのセンター長? 

ということは、やっぱりこのセンターのみんなは、既にこの惑星のことは、知っていたということなんだろうか。

「すぐに国際本部の方から照会があると思ったのに、なかなか声がかからなくてね、おかしいなーなんて、思ってたんだよ」

「鴨志田さんが、催促したんですか?」

「まあね」

そう言ってウインクをしてみせた後で、USBメモリを取り出した。

「さぁ、ここにその大切な資料がある。同じものを、世界各国の協力機関に配布済みだ。これからは、とにかく詳細な分析が必要になる。観測も重要だ。よろしく頼んだよ」

「はい!」

なんだ、知っていたんだ。

分かっていたんだったら、早くそう言ってくれればよかったのに。

なんで俺だけが毎日、あんなにもビクビクしなくちゃいけなかったんだ、バカみたいだな。

ついつい漏れ出たため息。

考えてみれば、それもそうだ。

こんな人類の存続に関わるような重大事案を、俺がたった一人で抱え込むワケがない。

それに早く気づいていれば、こんなにも気まずい思いをしなくてもすんだのにな。

分かってるんなら、さっさと言えよ。気が利かねーな。

「君が、新人の杉山くんか」

センター長が、俺の名を呼んだ。

「あぁ、はい、そうですけど」

「最終面接以来、かな?」

「そうですね」

差し出された鴨志田さんの手を、じっと見る。

コレは、握手をしろってことなんだろうな。

俺が握り返したら、予想に反するほどの強い力で、握り返された。

握手の仕方って、人それぞれだ。

そっと触れるだけのような人もいれば、もの凄い力強さで握ってくる人もいる。

どっちが正解なのか、俺にはいまだに答えが見つからない。

「これから、君の力が必要になってくる。よろしく頼むよ」

「はぁ」

何を言ってんだか。

正直言って、認めたくはないが、外務省外交官候補のはずだった俺が、どうしてこんな畑違いの場所に飛ばされてきたと思ってるんだ。

『やめろ』っていう、無言の圧力だろ、リストラみたいなもんだ。

それをどうして、このオヤジが拾う気になったのかは知らねーが、まぁ、俺のやる気なんて、ほぼゼロだ。

ここで一体何の役に立てるのか、自分でも自分の価値が分からない。

干された余り物の俺を拾って、ここで自主退職するまで待ってるつもりなんだろうが、素直にそれに応じて新しい人生だなんて、早ければ早いほどいいだなんて、そんな気持ちにさっさと切り替わるほど、俺はお前らに都合よく出来てない。

腐れるだけ腐りまくって、ずっとお荷物で居続けてやるからな。

「すみません、コイツ、礼儀もクソも、なってないんです!」

香奈センパイが飛び込んで来て、俺の頭を無理矢理押し下げる。

それがどれほど屈辱的な行為か、この女は分かってやっているんだろうか。

「やめてくださいよ、髪型が乱れる」

俺は乱れた髪を、これ見よがしに丁寧に直しながら、さらに言葉を続ける。

「こういうのって、やってる本人の資質も疑われますし、やられるのを見ている方も不快だと思いますけどね」

このパワハラ女だけは、どうしても許せない。

「もうずっと、こんな調子なんですぅ」

女はそう言って、両手で目をゴシゴシとこすり始めた。

ほら出た、泣き落とし。これだから女は嫌いだ。

「そうか、三島くんが教育係か、しっかり面倒見てあげなさい」

センター長はそれには応じず、にこにこ笑って、特に俺にも彼女にも気にとめる様子もなく、軌道解析の分担を始めた栗原さんたち、実務チームの方に向かっていく。

そりゃそうだ。こんな緊急事態に、どうでもいいボケ新人に対して、興味なんてわくわけがない。

「これから、本気で忙しくなるけど」

女の小さな目が、俺をにらみ上げる。

「あんたは、みんなの邪魔にならないように、気をつけなさい」

それが新人の俺に対する、教育係のアドバイスか? 

ばかばかしい。

「自分なりに出来ることを考えて、少しでも貢献できるように、努力して」

偉そうに、中身の全くないセリフを投げ飛ばして、香奈センパイは背を向けた。

戻ってきたセンター長を含め、たった7人しかいない息苦しい職場で、俺だけが含まれない仲良しグループに戻っていく。

くだらない。

そう言うお前は、あのチームでどれだけの仕事が出来るってゆーんだ。

ろくに仕事も出来ないくせに。

一回でも、まともに働いてるところを見せてみろよ。

俺にだって、言いたいことはヤマほどある。

俺がアメリカから送られてきたメールを、勝手に削除していたことを知っているのなら、なんで黙ってるんだ。

それで俺を脅すつもりなんだろうか。

俺が悪かったなら、さっさとそう言えばいいのに。

みんなの前で糾弾して、目障りな新人をさっさと辞めさせればいいだろ、それをやらないで、そうやって先輩風でも吹かして、弱みを握ったつもりでいるのか? 

バカバカしい。

もしそれをやったとしても、それでも結局、事態には何の変化もないけどな。

俺がメールを破棄しようが、してなかろうが、それでも隕石は降ってくるし、俺が報告しなくっても、事態の問題を把握している人間が他にちゃんといて、やることやってんだから。

何のためにこんなことをやらされているのか、全く意味が分からない。

こんな無意味で重複したシステムの中に、俺が含まれているのなら、俺は不要だと言われていることに、全くもって変わりはない。

俺は、必要のない人間なのだ。