「父上に話しておきたいことがあります」

 和の佇まいで落ち着いた静けさに包まれた、離れの一室。
 普段からここにいることが多い父に、あらたまり僕は口を開いた。

 掛け軸が飾られた床の間を背に、上座に正座をした和装の父は、外見は少年でも風格があり、いつでも凛とした空気を纏う。
 500年ほど昔に一城の主だったという姿を、現代に垣間見てる気がふとした。

「・・・聴こう」

 少し低めの、透った声。
 翡翠色の眼差しが僕を射抜く。それを真っ直ぐに受け返し、切り出した。

「この先、ひなせに僕と同じ兆候が現れた時には、僕がひなせを鎮めます。人間程度では足りないことは父上もよく知ってるはずです」

 僕の暗い笑みをどう受け取ったかは知らない。
 一瞬訝しげに。だが事の意味を即座に理解して、父は眉をひそめた。

「だとしても、それはお前の役割じゃねぇ。ひなせは妹だぞ」

「無月達じゃ精気の純度が濃すぎる。うまく中和できなかった時のリスクが高すぎます」

 腕組みをする翡翠色の眸がきつさを増した。
 だが僕はひるまない。イエスというはずもないことは、百も承知の上だった。

「躰の組成も僕が一番近い。精気の純度も。何よりあの子を一番納得させられる。・・・違いますか」

「・・・・・・」

 父は目を閉じ、しばらく黙っていた。そして『この件は預かっておく』とだけ、否とは言わなかった。





 あの時の父の苦しさを、でもそんなことより僕は、ひなせを救ってやりたい一心だった。

 やがて変調が訪れ、ひなせは衰弱状態に陥った。
 足りない精気を欲して無月達から吸い上げたそれは、弱った彼女には少し毒だった。
 僕は迷わず彼女の中に精気を放ち、正気を取り戻すまで幾度も。
 初めは戸惑っていたひなせも、与え合えるのは互いしか無いことを躰で感じたようだった。
 次第に欲情の波にただ躰を委ねるように。本能のままに欲しがって啼き続けた。

 その日から僕たちは変わった。
 いや。もともと在ったものが開放されただけなのか。
 まるで躰が水分を欲しがるように、ひなせは僕を求める。