「ヒナ先輩っ、こないだ見ちゃいました!」

好奇心丸出しに、つけまつ毛ばっちりの目をキラキラさせて、可菜がひそひそ声で話す。パソコンのキーボードを打つ真似は可菜の得意技だ。課長をチラ見すると電話中だった。

一体に何を見たんだろうと一瞬ヒヤリ。まさか倭人といるところをどこかで見られた?

長くいるつもりの会社じゃないとは言え、スキャンダルで専務に後ろ足で砂を引っかけたまま辞めるなんて冗談じゃない。どうにか平静を装って何を見たのか問い返す。

「階堂専務ですよぉ」

息を忘れる。

「どう見てもあたし達より年下って感じの女子と、ホテルのレストランにいたんです!」

・・・・・・・・・。

「ちょうど友達と、そこのランチビュッフェに行ってたんですよねー。そしたら隣のフレンチの店に入るの見ちゃいましたぁ。不倫ですよ不倫ー」

「まあ・・・専務ならありえそうだよね」

大して驚いてもない風であたしは軽く相づちを打った。

ツッコんだことは無いけれど他にもいそうな気配はあったし、普通にイイ男だと思うし。でもなるほどなぁ。

可菜には他の誰にも口外しないよう口止めして、止まっていた手を動かし出す。どっちにしても潮時ってことなのかも知れない。

優しくしてくれて嬉しかったけど。あなたの前では本当にただの女の子でいられたけど。あたしは跡形もなく消え去るの、火が点いたら燃えおちるセルロイドの人形みたいに。

知らず溜息を漏らしながら、隠れて最後のメッセージを倭人に送った。

“もう会いません。今までありがとう”