「失礼します」

 コーヒーカップを乗せたトレイを手に、専務室のドアを軽くノックして。
 デスクじゃなくゲストスペースのソファに腰掛け、テーブルの上に資料を広げる専務の許へと歩いていく。

「コーヒー、お持ちしました」

「ありがとう、ひなせ」

 にこやかに返ってきた返事に顔をしかめたのは、あたし。
 いくらここが防音仕様になってるって言っても会社なんだし。溜息交じりに、でもあたしは会社モードを崩さず返す。

「では失礼します」

「ひなせ」

「なぁに?」

「八時にいつものところで」

「・・・かしこまりました」

 少し笑んで、わざとらしく。

 近い内に会えないかとメッセージを送っておいたのは、あたしだった。
 接待やら付き合いやら、そうそう時間が取れるひとでも無かったから、今までも月に一回会えれば良いほう。
 もう少し効率のいい男の方が良いに決まってるけれど仕方ない。顔も躯も、あたしは階堂倭人(やまと)が好きみたいだから。 

 由伊の全部を吸い尽くしてしまわないよう、あたしには必要なひとだから。