短大を卒業して、あたしは普通のOLになった。
 父である氷凪(ひなぎ)は何も言わなかった。ただ。25歳になったら世俗を切り離すという、決まりごとだけを言い置いて。

 先月で24になったからあと1年。
 こんな風に会社の子とランチをしたり、ちょっとカッコイイ専務を目で追ってみたり、他愛もない日常なら未練もないと思ったのに。
 いざカウントダウンが始まってみると、どこかやっぱり寂しい気がする。


「ヒナ先輩、今年の新歓、エリオールみたいですよ?」

「エリオール? ああ、西口のビュッフェスタイルのとこ?」

「貸し切りでやるって営業課のひとが言ってました。会費三千円ぐらいです、あそこなら」

 昼休みを終え総務課フロアに戻る途中、ひとつ下の江口可菜(えぐちかな)が愉しそうに言う。

 中堅の商社ながらも、今年の春は営業と企画課合わせて5人が入社した。
 総務課に配属された新人はなく変わらずに、あたしと可菜、男性社員の石田さんと富山課長の4人。それと人事も兼ねる為、階堂(かいどう)専務の執務スペースも一画にあって、それも変わらないようだった。

 可菜の様子からすると、なかなかの当たり年だったらしい。

「入社式の時あんまり顔見てなかったけど、そんなにイイ男いた?」

「えー、いましたよぉ! 高階さんとか大野さんとか!」

 名前を言われても全く憶えていない。可菜が言うのならそこそこだろうし、新歓でお近づきになっておくのも悪くないかなと、ふと考え直しながら自分の席につく。手持ちの駒をある程度キープしておくのも、あたしには必要。

 パソコンを起動させ、画面を立ち上げたところで机の上の電話が鳴った。内線コールのランプが点滅してる。

「はい、総務の瀬戸です」

『すまないが、コーヒーをいいかな』

「はい。分かりました」

 電話の相手は名乗りもしなかったけど、聞き違えたりはしない。
 パーティションで仕切られた専務室に何気なしに視線を走らせ、あたしは給湯室に向かった。