『愛してる』も『好き』も、お互いに言葉にしたことなんてない。初めて食事に誘われたその夜に、惹かれるままに倭人に抱かれた。云わなくてもキスで、躰で伝わってた。

少し甘酸っぱい言葉を使ってもいいなら、瀬戸ひなせの最後の恋だった。いつも目であなたを追ってた。片恋みたいで嫌だったのに。
 
「・・・あたしがいなくなっても倭人は困らないでしょう?」

だって日曜の昼間にデート出来る相手もいるんだから。微かに笑んでみせる。

「それとも倭人はそんなにあたしのこと好きだった?」 

「・・・悪いか」

少しムッとしたような倭人の横顔。

「ありがと・・・」

あたしはそう言うのが精一杯だった。これ以上なにか言われたら、決心が揺らぎそうな危険信号。握り締めてた指にきゅっと力を込めた。

「倭人にお願いがあるの」







「瀬戸さん。この書類、今日中に頼めるかな」

「はい分かりました。専務」

あれから、あたし達はただの上司と部下の関係に戻った。もう彼があたしをひなせと呼ぶことも、あたしが彼を下の名で呼ぶこともない。

『倭人・・・お願いがあるの。あたしのこと、もう忘れて?』

あの時あたしは由伊をそばに呼んでいた。もし彼が諦めてくれなかったら、その時は記憶を消そうと決めて。

由伊に触れられて、あたしへの感情を吸い取られた倭人は、まるで憑きものが落ちたかのようにあっさりと別れを受け容れた。

次の日からは本当に何も無かったように、あたしを見る彼の視線に熱がこもることは二度となかった・・・・・・。