先週、席替えがあって、ハルと苑子はとなり同士じゃなくなった。
 ハルの新しい席は窓側から二列目、前から二番目。窓側、後ろから二番目にいる私の視界に、ちょうど入ってくる。
 数学の先生がグラフだか関数だかの説明をしているのが、耳の中を素通りしていく。数学が得意なハルは、頬杖をついて、ノートもとらずに、じっと先生の話を聞いている。
 苑子は……。廊下側の一番前の席だから、からだをひねらないと、ハルの様子を見ることはできない。私と逆だったらよかったのにね、席。
 まさか、苑子が、自分から告白するタイプだなんて思わなかった。
 シャープペンシルを、くるくる回す。
直接言うのは勇気がいるから、手紙を書く、らしい。今どきラブレターだなんて、いかにも苑子という感じだけど。
 苑子はちんまり小さい文字を書く。細くて白い手で丁寧に文字を綴って、封をして。手紙を胸に抱いて、吐息を漏らして。その様子が、ありありと目に浮かぶ。
 ハルは頬杖をついたまま、ノートを広げてさらさらと問題を解き始めた。
 その後ろ姿を、私は、ぼうっと見つめていた。
 背中、大きくなった。昔より。
「……口。沢口」
 後ろの席の子に、肩をつつかれる。それでやっと、自分が先生に指名されていることに気づいた。先生はあきれ顔だ。
「大丈夫か? 沢口、問三だぞ。いいな。続き。問四、鶴岡。問五、井上。以上、式と答えを板書すること」
 何ページの問三だろう。となりの子に聞いて、そそくさと黒板へ向かう。途中、ハルが、すれ違いざま、私に、こっそりと小さな紙片を渡した。
 式と解が、書いてある。
 どーせわかんないんだろ、と。余計なひと言も付け足されていた。
 どーせわかんないとは何よ。得意だからって、えらそうに。むかつきながらも、自分のノートに紙片を挟んで、ハルの解いた答えを、そのまま黒板に書いた。
 自分の席へ戻るとき。ハルがにやっと笑ったのがわかったから、ふいっと横を向いた。
 わからなかったんじゃありません。先生の話を聞いていなかっただけです。
 先生の話も聞かずに、ずっと私は。私は……。
 私は、それ以上考えるのをやめた。