「縁様、師匠と申されるなら、おむすびが上手に握れるのでしょうね?」

恋神神社で一番大切な仕事はそれだった。

「おむすび? 俺に手ずから握れと言うのか? そんなことはできない」

フンとそっぽを向く縁に結の口がポカンと開く。が、それは一瞬だった。フルフルと首を横に振り、フーッと息を吐き出すと体勢を整え、改めて尋ねた。

「それでどうやって私の師匠などと言えるのですか?」
「おむすびを握ることだけが師匠の仕事ではないからだ!」

キッパリ言い切る縁に、結は尚も食い下がる。

「だったら、何を(もっ)て師匠と申されるのでしょう?」
「それは分からん!」
「はぁぁぁ?」
「分からんが、親父殿がお前を一人前の恋神にしろと言ったんだ。でないと俺はあそこに戻れない」

そう言って天を指す。そして――。

「俺が戻らないとおばば様もここには戻って来られない」
そう言った。

「何ですって!」
衝撃的な言葉に結は夢でも見ているのかと頬を(つね)る。

「痛っ」
「結様、現実です」
「ハク……嘘だと言って……」

(すが)り付くような目でハクを見るが、童に姿を変えたハクは美しい顔をゆっくり横に振り、憐憫(れんびん)の目を向けるだけだった。

「分かったようだな」

仁王立ちした縁が仰け反り、腕を組み、片足でトントンと床を踏み鳴らす。

「だったら、さっさとおむすびを握れ、そのチンクシャ以上に俺は腹が減っているんだ」

そう言いながら縁は(あご)をしゃくりキッチンを指した。早く行けと言っているらしい。