「小町さんが、毎日手間暇かけてお赤飯を作っていた理由がそれだと?」
「他にどんな理由があると……」と、言いかけた梶がハッとする。

「もしかしたら……俺は励まされていたのか?」

ハレの日云々(うんぬん)の話を思い出したのだろう。大きく見開いた梶の目が、皿に残った赤飯むすびを見つめる。

「そう言えば……『邪気払い、邪気払い』と呟きながら薪を燃やして赤飯を蒸していた……」
「小町さんが言っていました。『悲しいかな、自然の力には太刀打ちできないけど、人の心に棲み着いた悪鬼(あっき)ぐらい追い出してあげたかった。でも、それがなかなかできないから辛い』って」
「彼女がそんなことを……」

小町が惚れっぽいのは本当のことだが、北海道から戻った頃の小町は少し変だった。理由を聞いても、小町は『何でもない』と言うばかりで何も話そうとしなかった。

きっと梶と出会い、本当の恋を知ったのだろう。結はそのことに気付いていていたからこそ、梶に連絡を入れたのだ。

「梶さんは〝まるっとフリーファーム梶〟を設立されたこと、後悔されていますか?」

結の質問に梶は苦渋の表情で首を横に振った。

「両親たちには申し訳ないと思っているが、立ち上げたことを悔やんだことは一度もない。――それ以上の幸せをあのファームで貰ったからな」

梶の脳裏に来客者たちの笑顔が浮かぶ。

「じゃあ、小町さんのことは? このままで後悔しませんか?」
「後悔……」結の言葉を噛み締めるように梶は口の中でオウム返しする。

「それに、恋をするのに資格なんて要りませんよ。動き出した気持ちは誰にも止められません」