どうやらインのせいらしい。

「お久し振りです。あの方は旅行者だそうです。ここまで道案内を頼まれただけです」
「やだ、そうなの? だったらアタックしてもいいってことよね?」

小町は小声で話しているつもりだろうが……きっと彼にも聞こえているだろう。

「また惚れちゃったのかなぁ?」
「そうみたい」と、結はこっそり溜息を吐く。

過去、小町から正式にご祈祷の依頼を受けたことは無い。だが、彼女は恋をするたびに「両想いになれますように」と恋神神社に参っていた。それも一度や二度ではない。おそらく両手の指を合わせても足りないだろう。

「ここ、どうぞ」

インは〝好意の目〟に慣れているのか、そんな小町を気にすることなく、結に向かいの席を勧める。

「ここまで案内下さったお礼に(おご)ります。ほらほら、早く、座って」

そして、屈託なく笑った。だが、お礼などとんでもないと思った結は即座にそれを固辞しようとした。が――。

「ストップ! 旅の恥はかき捨てっていうけど……恥はかきたくないんだ、断らないで」

そう言うと彼はソッと辺りに視線を走らせた。

「結様……注目の的です。見られています」

つられて辺りを見回したハクは、顔を引き攣らせると視線を避けるように腰を下ろした。

結もインの言わんとしたことが分かり粛々と席に着いたが、「お礼はけっこうです」と謝絶して、「小町さん」と彼女を呼んだ。

その声に、時が止まったかのように静かだった店内にざわめきが戻る。