ええ、と神崎百合香は申し訳なさそうに瞳を伏せ、呟くように言った。

「父に反対されたら私の計画は失敗してしまうから……」

どうりで、恋する者の基本的感情である、『好き』が彼女の口から出てこなかったはずだと結は納得する。

伏せられた彼女の視線の先にあるのは、食べかけのむすび。それを彼女は真剣な眼差しで見つめていた。

結が彼女の動向を見守っていると、意を決したように再び食べ始めた。さっきまでの彼女とどこか違うと結は感じた。

「私、父にハッキリ言います。私に店を継がせて欲しいと」

そして、一個目を食べ終えた彼女がスッキリとした顔でそう言った。

昔気質の父親は、『女は家庭を守るべし!』を心情とするような人だと云う。当然、娘たちにも、そうあれ、と言っていたようだ。

だから彼女はどんなに店を愛していても、自分から『継がせて欲しい』と、言えなかったみたいだ。

因みにだが、神崎百合香の料理の腕は、そこら辺のプロ以上だった。

その件は、縁が見つけ、見せてくれた雑誌の記事で分かった。そこに『第二十八回 世界料理コンテスト優勝 神崎百合香』とあったのだ。

「――それから、結婚は友介さんとさせて欲しいと頼みます。あっ、でも、まず友介さんにプロポーズしなきゃ、ですね」

ペロッと舌を出す彼女は、今まで以上にチャーミングだった。
第一印象とは違う快活な彼女に、これが本来の彼女だと結は思った。そして、やはりおばば様の言うとおりだったとしみじみする。

そんな結に反して、神崎百合香は憑き物が落ちたように、「同じおむすびが握れるように、私、頑張ります!」と言って、残りの一つを食べ終えると、今日の空のように晴れやかに笑った。


 *


「縁様、ダブルブッキングはわざとだったんですね?」
「何の話だ?」

まったりと朝宮茶を啜りながら縁が結に尋ねる。