牛蒡(ごぼう)に傷が付いて食感が損なわれます。包丁の背でこそげ取る方法も良く使われますが、今はピーラーを使われる人が多いですね。でも、それも皮がごつい場合です。皮に風味がありますから、全部剥いてしまわないようにすると、風味が残り、香り良い金平に仕上がります」

「なるほど」と、結は脳内のメモ帳ではなく、手作りの〝お料理ノート〟にメモ書きしていく。

「それから、牛蒡の灰汁(あく)はポリフェノールという成分です」
「赤ワインに含まれている、と言われている?」
「そうです。ポリフェノールは抗酸化作用――老化や癌、生活習慣病などの予防となる成分として注目されています。だから、アクは取り過ぎないように」
「何だか神崎さん、凄いですね! まるで先生みたい」

結の素直な感動に、彼女は「私も教えてもらっただけなので……」と謙遜(けんそん)する。

「じゃあ、その方が神崎さんの先生なんですね?」

無邪気に質問する結に、彼女は淋しそうに微笑む。

「ええ、でも、彼はシェフではなく、管理栄養士ですので……」

彼女の言葉には続きが有りそうだったが、そこで口を噤んでしまった。
その彼の名前だが、佐伯(さえき)友介(ゆうすけ)と言い、食品会社の栄養部で働いているそうだ。
だから、あんなに詳しく知っていたのかと結は脳内で頷く。

「友介さんとは高校時代、先輩後輩の仲でした」

二人は二年間、料理部で時間を共にしたようだ。でも……それだけではなさそうだと結は気付く。

「もしかしたら……お付き合いされていたのですか?」
「――ええ。つい最近まで」

彼女は隠しもせず、そう答えた。

「最近まで?」
「別れたんです。彼、とても優秀で……重役のお嬢さんとの結婚話が持ち上がっていて……」
「もしかしたら、身を引かれたのですか?」

彼女の瞳から一筋涙が零れ落ちる。