母親を亡くした彼女は養護施設に引き取られた後、現在の親である養父母の養女となった。そして、転校先の中学校で赤城俊哉と再会した。しかし、彼女は彼のことを覚えていなかった。

「今なら彼の取った行動がなぜだったのか分かります。必要に私に付き纏っていたのは、彼のことを忘れてしまったからだと。あんなに親切にしてくれたのに……」

「今さら好きだなんて……言えない」と彼女は両手で顔を覆い本格的に泣き出した。

「それでも貴女は願い事を反故(ほご)にはできません」
「もういいです。地獄にでもどこでも落として下さい」
「そんなこと、貴女のお母様が許すとでも?」

「あっ」と彼女が顔を上げる。

「貴女のお母様は貴女を守って亡くなられたのでしょう? だったら……もうお分かりですね? 地獄になど行けませんよね? お母様に恩返しするには、貴女がこの世で幸せにならなくてはならないのです」


 *


数日後。

「結様、佐々木聖美さんの進行状況はどうなっていますか?」

カイがパソコンのキーを叩きながらカウンター越しに尋ねる。
彼は突然多忙となった結をヘルプしようと、恋神神社の事務方を買って出たのだ。

しかし、返事が無い。その代わり――。
「フライパンが悪いの? 買い換えるべき?」
と、悩める乙女の声が聞こえた。

「結様?」

カイはパソコンの画面からキッチンに視線を向け、やれやれ、と(ひと)()ちた。
結が卵焼き専用のフライパンを睨み付けていたからだ。手前のキッチン台には、また縁からダメだしされた卵焼きが載っていた。