「――母はシングルマザーでした」

だが、結の質問に答えることなく、彼女は寄せては返す波間から、過去を拾い集めるように昔話をし出した。

「実の父が結婚前に亡くなってしまったからです。施設育ちのうえに十代で私を産んだ母……大変だったと思います」

いいえ、と結は脳内で首を横に振る。

――大変だったけど、貴女の母親は貴女を得られて幸せだった。だって、愛する人の子だったんですもの。孤独じゃなくなったんですもの。

結には、彼女がおむすびを食べた時点で彼女の過去が全て視えていた。

「あの子とは、私の想い人である赤城俊哉さんです」
「その子のことを忘れていたと?」
「ええ。母と二人で暮らしていたアパートの隣に小さな食堂があったんです。彼はそこの息子でした。私、どうしてそのことを忘れてしまっていたのかしら?」
「おむすびを食べたのはその食堂ですか?」
「はい。五歳の誕生日に……」

彼女は手にある残りのおむすびを口の中に入れた。そして、懐かしむようにそれを噛み締める。

「あの日、母はおむすびの代金しか持っていませんでした。でも、私は彼が食べていた唐揚げが食べたかった……」

その時の光景を思い出すように彼女は目を(つむ)った。

「キツネ色の大きな唐揚げでした。滅多にお肉なんて食べられなかったから、私、ジッと見つめていたんだと思います。そしたら彼が、『父ちゃん、俺の唐揚げでおむすびを作ってやって』って……言ったんだ」

彼女がパチッと目を開けた。

「あの時の母、真っ赤でした。今思うと、恥ずかしかったんだと思います。でも私は唐揚げが食べられると思ったら嬉しくて……だから、母は恥を忍んで彼の好意を受け入れたんだと思います」