彼女の瞳が見る間に潤んでいく。

『食は舌だけで味わうものではありません。触れて味わい、音で味わい、目で味わい、匂いで味わうものです』

『触れる』とは、夏のかき氷や冬の焼き芋を思い浮かべてご覧。
『音』と『匂』とは、鉄板の上で湯気を上げるステーキを思い浮かべてご覧。
『目』とは、京懐石を思い浮かべてご覧。

おばば様は美味しそうな例をたくさん挙げ、『五感を使っておむすびを握るんですよ』と教えてくれた。

彼女は匂いに敏感だった。だから結は、彼女がすぐにそれを感じ取るだろうと思った。

「私、覚えています。この味、この匂い。幼い頃、母と小さな食堂でこのおむすびを食べました。あの時の具は――」

もうひと口頬張り、白い米粒の間から覗いた唐揚げを見た瞬間、「やっぱり」と、彼女は自分の記憶が間違っていなかったことを確信する。

「――でも、この唐揚げ……」

しかし、さらにもうひと口頬張った彼女が首を傾げた。

「彼のお店で食べた唐揚げと同じ……どうして?」

結は何も言わない。

このおむすびがなぜ御利益となるのか? その謎は、祈願者が自ら紐解かなくてはいけないからだ。

同じおむすびを握るには、それはとても大切なことだった。だから、思い出すことを恐れないで……と、結は心の中で賢明に祈った。

すると、唐揚げ部分を全て食べ終わった彼女の瞳から一筋涙が零れ落ちた。

「あ……あぁ……あの子だ。あの子が彼だったんだ」

あの子とは赤城俊哉のことだ。結にはそれが分かっていた。なぜなら、一口食べたとき、既に彼女の心に彼の姿が浮かんでいたからだ。

――よかった。結は安堵の息を吐きながらも、敢えて佐々木聖美に()く。

「あの子とは誰ですか?」