「――とにかく参りましょう」

彼女を誘(いざな)い結は渡り廊下から茶寮へと足を進めた。


　＊


「良い香り……」

恋神茶寮に入室すると、佐々木聖美はまずそう言った。結はそれを脳内のメモ帳にメモする。

祈願者を前にして、結ももう腹を括るしかないと悟ったのだ。そして、やるからには、誠心誠意おむすびを握ろうと覚悟を決めたのだった。

「それは、檜(ひのき)の香りだと思います。少し前にそちらのローテーブルを作り替えたので、そこから香るのでしょう」
「落ち着きますね、この香り。好きです」

彼女の顔にようやく柔らかな笑みが浮かんだ。

――良かった。結は安堵の息を吐きながら、彼女に三人掛けのソファの方に座ってもらうと自分はキッチンに向かった。

「神社にこんな家庭的なお部屋があるなんて、珍しいですね」
「ええ、皆さんそう仰います」
「あのぉ……先程は失礼致しました」

佐々木聖美が頭(こうべ)を垂(た)れる。キッチンからその様子を見ていた結は、「何の事ですか？」と白々しく尋ねる。

「実は私……威圧的な異性が苦手で……怖いんです」

彼女の話によると、男性恐怖症とまではいかないが、中学生のときにガキ大将のような男の子に苛められ、その時からその系統の男性が苦手になったのだという。

――それ、まさに縁様じゃない。そう思ったら、結は縁のお尻を蹴飛ばしたくなった。

「なのに私――彼のことを好きになっちゃんです」
「えっと……ちょっと待って下さい」

何それどういうこと？　結は混乱する頭を整理しながら、臭覚の鋭い彼女に、近江の銘茶と言われる〝朝宮(あさみや)茶〟を淹れ始めた。

「もしかして、苛めっ子のガキ大将って、貴女の想い人である赤城俊哉さんということですか？」

お盆にお茶セットを載せて彼女のところに戻ると、結は「どうぞ」と言って、彼女の前に、茶托にセットした湯呑みを置いた。そして、テーブルを挟んだ一人掛け用のソファに腰を下ろした。