一睡もできなかった結は目をしょぼしょぼさせながら、拝殿(はいでん)でその時を今か今かと待っていた。

「結様、冷水でもお持ちしましょうか?」

カイの問いかけに、ハクが「ぼ……僕が持ってくる」と駆け出した。

「彼、大丈夫でしょうか?」

主の気持ちは神使にダイレクトに伝わってしまう。ハクはまだ子狐。カイのように上手に処理できず、結と一体化してしまっていた。

「大丈夫だろう? これも修業のうち。だろ?」

縁は〝御簾(みす)〟という、神の領域と俗世を隔てる結界のあちら側で、ソファに寝転び、緑茶を啜りながらその様子を眺めていた。


 *


そして、その時がきた。現われたのは二十代後半の、赤い眼鏡を掛けた気弱そうな女性だった。

申し込み用紙には、〝恋愛成就〟に丸印が付けてあり、住所と年齢、そして、〝佐々木聖美(ささききよみ)〟という名前が書かれてあった。

「相手の名前は〝赤城俊哉(あかぎしゅんや)〟か、住所は書いていないが……はぁ? いつも食べに行く食堂の店主だぁ!」

備考欄を読み、縁はこめかみをグリグリと揉み始めた。

「いの一番が食堂の店主とは……ハードルが高いですね」

カイは用紙を覗き込み、そして、出入口に控える結に目をやると苦笑する。

「確かにそうだが、結の実力を見るには最高の祈願者かもな?」

縁とカイの間でそんなやり取りが交わされていたのだが、緊張マックスの結はそれどころではなかった。

「おばば様、一生のお願いです。どうか今すぐ帰ってきて下さい」と、祈願者よりも先に、神に願い()うていた。

だが、結の願いが叶うことなくご祈祷が始まる。