「なんて無責任な! それこそ本末転倒です。それに、私が恋神として一人前にならなければ、縁様は帰れないんですよ」

そうだった、と縁が舌打ちをする。
物憂(ものう)げな雰囲気を感じ取ったのか、カイが突然湖を指差した。

「縁様、太陽が!」

全員の目がそちらを向く。
水平線の向こうに燃えるように赤い太陽がゆっくり沈んでいく。

「大きな夕陽でございますねぇ」
「結様の顔がオレンジ色に染まってる」
「そう言うハクだって」

世界を黄金色に染める夕陽を見つめながらカイがしみじみと言う。

「自然は誰に対しても平等でございますね。縁様も真っ赤でございます」
「カイ、その意味ありげな言い方、お前の悪い癖だぞ。遠回しに言われても俺は分からん。言いたいことがあるならズバリ言え」
「おや、そんな風に聞こえましたか? 申し訳ございません。お気になさらず風光明媚な風景を存分に堪能(たんのう)下さいませ」

この二日間、縁とカイは結の前でこんな風な言い合いを何度もしていた。だが、犬猿の仲というほどではなかった。禅問答もどき、そんな感じだった。

そして、そのたびに、カイさんの方がどちらかと言えば師匠っぽい、と結は思うのだった。


「何とも雅な景色でございますね。ご覧下さい。月明かりで湖が(きら)めいています。これはこれで、また(おつ)なものでこざいますねぇ」

陽が沈み、月と星が彩る夜の世界が訪れると、ピクニックテーブルの上にランプが灯された。

その灯りを前に、四人は食後のお茶を満足そうに啜りながら、反復を繰り返す穏やかな波の音に耳を傾けていた。

「ねぇねぇ、湖には波が立たないと云われているけど琵琶湖は立つんだ。どうしてだと思う?」

ハクが物知り顔で問うと、カイがクイッと眼鏡のアーチを上げながら答える。

「これだけ大きな湖ですからねぇ。波が育つ距離、フェッチ(吹送距離)が十分この湖にはあるからでしょう」
「流石カイさん、正解です」