まずい、これは、嵐がやってくる。

俺がルーシーの手をとった瞬間、風向きが変わって、雨が降り始めた。

「早く、車の中へ!」

激しい光と爆音の衝撃が、空気を激しく振動させる。

逃げ込もうとしたキャンピングカーは、激しく雷光に打ち付けられ、黒煙をあげた。

「シェルターは?」

ニールは、レオンに付き添ったカズコと俺に向かって叫ぶ。

「ここは海が近すぎて、シェルターまで遠すぎる」

天候の急変を察知して、公園を覆う雨よけのドームが動き始めた。

その強化プラスチックの板を、強風が激しい音をたててあおる。

ドームのモーター動力と強風のせめぎ合いで、独特のきしみ音が不気味に響いた。

その向こうで、すうっと一本の雲の筋が、触手のように空から伸びる。

「竜巻だ!」

空を覆おうとしていたドームの板が、一瞬にして吹き飛ぶ。

頭上に、バラバラと破片が降りそそいだ。

レオンが大きく腕を広げる。

ニールと俺とルーシーとの、三人を破片から守るように、彼はその上に覆い被さり、ぎゅっと抱きしめた。

そんな俺たちを背にして、カズコが空を見上げる。

ぐにゃりと曲がって倒れてくるドームの骨組みの前に、彼女は立ちはだかった。

カズコは冷静に、その倒れていく行き先を観察している。

「こっち!」

彼女はレオンごと俺たちを押しのけ、倒れた骨組みを避けた。

嵐の中に、不気味な倒壊音が鳴り響く。

ルーシーが声にならない声で叫んだ。

カズコは落下する防護板の破片を、自分を盾にすることで、俺たちの上に降りそそぐことを防いでいた。

はがれ落ちた大きなパネルの1枚が、カズコの体を押しつぶす。

「カズコ!」

彼女の左腕が潰れて、肉がそげ落ち骨まで見えている。

カズコがそうやって作った隙間で、俺たちはほぼ無傷で済んだ。

海から吹き上げる強風が波を巻き上げ、横殴りの雨と一緒になって叩きつけている。

ニールはレオンを押しのけた。

カズコに覆い被さる巨大なパネルをつかむと、彼はそれを力任せに引きずり下ろす。

ニールの、半アスリート種の力だ。

「ヘラルド!」

ニールが俺に、次の判断を求めている。

「公園の地下の管理ルームへ行こう、シェルター代わりになるはずだ」

「どこだ?」

カズコやレオンのようなリジェネレイティブの再生能力も、半アスリート種のニールのような高い身体能力も、持ち合わせていないスタンダードの俺に出来ることは、頭を使うことしかない。

景観に配慮された自然公園には、どこにも人工物が見当たらない。

キャンビーに検索をかけさせたとしても、この嵐では通信状態も不安定だし、そもそも間に合わない。

俺は、この公園の設計図を想像してみる。

公園を覆うドームの開閉口、そのモーター、地上に埋められた非常用の誘導ランプが、公園からの避難誘導ラインを示していた。

自分なら、どこに管理ルームを置く?

「こっちだ!」

そこは、何もない緑の芝生だった。

この辺りと目星をつけた位置を手で探る。

地面の一部が1箇所だけ、不自然にくぼんでいた。

そこに手をかけ、持ちあげる。

公園設備、管理、点検用の地下室への扉が開いた。

ニールは、動けなくなったカズコの体を抱き上げた。

細かな破片を全身に受けて、傷だらけのレオンはルーシーを引き寄せる。

吹き付ける嵐の中、地下室へ降りようとした時だった。

大きな波が、全員の足元をすくった。

流されそうになるルーシーの手を、ニールがつかむ。

辛うじてその場に踏みとどまった俺たちは、地下道への階段を見下ろした。

もう一度、大きな波が頭上から襲いかかる。

人間が3人も入れば一杯になってしまうような管理ルームの床は、もう水浸しになっていた。

「もうここはダメだ、遠くてもシェルターを目指そう」

俺の判断に、皆は黙って従う意志を示した。

ルーシーの手を、今度は俺が握る。

横殴りの強い風と雨が、視界を遮る。

何度も押し寄せる高潮が、公園出口までの短い距離を、さらに遠くしていた。

レオンが足を滑らせる。

カズコを抱いたニールが、レオンの腰をつかんで片手で持ちあげた。

せめてこの波の届かないところまで行かなければと、そう思う背中を、さらに波が襲う。

嵐の中、突如現れたバイク型ハンドリングロボの操縦者が、レオンの体をすくい上げた。

「ニール!」

「ジャン!」

ニールは、Uターンしたバイクのジャンに、カズコを投げ渡す。

ジャンがうまく受け取ったのを見届けると、彼はそのままルーシーを抱き上げた。

嵐の中を、ジャンのハンドリングバイクが走る。

「こっちだ」

ジャンは緊急避難命令の、セキュリティブロックを突破してやって来たんだ。

外は激しい豪雨、一般人の外出は禁じられているし、こんな状況下で動くバイクなんてありえない。

公道でのハンドリングバイクを操縦する、サポートシステムが作動していない状態で、あんな難しい乗り物を乗りこなすには、高い運転技術が必要だ。

公道まで走り出た俺に、ジャンが一枚のカードを投げた。

目の前には、安全のため外部からの解除を禁じられたシェルターの扉、そこに渡されたカードを差し込む。

ハッキングされようとしている扉のセキュリティーが、パスワードを要求してきた。

俺は、ジャンを見上げる。

彼が設定しそうなパスワードは、コレだ。

「**************」

扉が開いた。

真っ先にジャンのハンドリングバイクが飛び込む。

ルーシーを抱きかかえたニールが入ったのを見届けると、俺はシェルターの扉を閉めた。

バイクから降りたジャンが、大声で笑った。

ニールと2人、ハイタッチを交わす。

「腕は平気か?」

「まぁまぁだね」

そのまま二人は、シェルターに設置された備蓄用の食料品を漁り始める。

ルーシーは、意識なく床に投げ出されたカズコを抱き上げた。

「大丈夫だよ、カズコは、リジェネだから」

そう言った俺を、彼女は批難するような涙目で見上げる。

「レオン、改造バイクってのはな、こういう時に使うんだよ」

ジャンの言葉に、レオンは傷ついた体でにこりと笑って、片手をあげた。

シェルターに備え付けの救護ロボを作動させて、カズコを診察させようとした俺に、ジャンは言う。

「そんなことより、こっちきてお前も何か食えよ」

「うん、ありがとう。だけど、カズコの状態を、先にセンター送っておきたいんだ」

その後、さらに強さを増して荒れ狂った嵐は、朝になってようやく静かになった。