「ヘラルド!」
射線が、右腕をさっと走る。
一瞬にして焼かれた俺の皮膚は熱で裂け、血が流れ出た。
「外出は禁止されています。すぐに戻ってください」
変わらぬ調子で、ロボットが警告を発する。
ゆっくりと立ち上がった俺を、蜘蛛が見下ろした。
「持ち場に戻って、与えられた指示に従い、作業を続けてください」
「どうする? ルーシー」
彼女は、すすり泣く声を震わせながら答えた。
「分かった。帰ろう。お外には、出られないのね」
「あぁ、そうだ。これで分かっただろう。ピクニックは、中止だ」
うなずいて、分かってくれたと思ったら、違った。
彼女は、なぜか怒っていた。
泣きながらも、鼻水をすすりながらも、明らかに態度が悪い。
イライラして、頭を左右に振り、泣きながら手を所在なくぶらつかせ、怒っていた。
「なんでお前の機嫌が悪いんだよ」
「だって、行きたかったんだもん。ピクニックに行くって、約束したのに」
「それは俺が悪いっていうのか」
「違うよ、そんなこと言ってない」
「じゃあなんでそんなに怒ってんだよ」
「怒ってない」
「怒ってる」
彼女は、スクールの中に向かって歩き始めた。
「だって、どうして外に出ちゃいけないの? どうしてこんなに、ヘラルドとみんなはヴォウェンに怒られてるの? いつになったら、お外に出られるの? お掃除がすんだら? きれいになったら、またピクニックに行ける?」
焼かれた右腕が痛む。
流れ出る血のしずくが、皮膚を伝って指先から落ちている。
それでも俺は、彼女を連れて戻らなくてはならない。
蜘蛛がゆっくりと、俺たちの後ろをついてきている。
「あぁ、そうだよルーシー。カプセルに入って、きれいになったら、またみんなでピクニックに行ける。約束しよう。絶対に、みんなで一緒に行こう」
彼女は、うっすらと微笑んだ。
「うん、分かった。約束ね」
フィールドに並んだ転生機が、口を開けて待っていた。
そこには、中に入るべき人間の呼び名と識別番号が表示されている。
w-35489-OR-31246985、ルーシーの番だ。
俺は、どこかでこれを見ているであろう、ヴォウェンに向かって叫ぶ。
「本当に、このままでいいのかよ! ルーシーまで、消していいのか!」
俺のコピーは、たくさんある。
遺伝子の情報は保管され、永久に記録として残されている。
このルーシー自体はオリジナルかもしれないけど、彼女の遺伝子のコピーは保管されていて、いつでも再生可能だ。
しかも彼女は過去から来た人間で、俺たちの目指す進化の道から逆行する遺伝子の持ち主。
この世界では、すでに知り尽くされた不必要な組み合わせの情報しか持っていない。
頭ではそう分かっていても、俺の中の何かが俺に抵抗する。
「俺の判断に、間違いはあっても迷いはない」
姿を見せないまま、ヴォウェンの声が周囲に響いた。
「ルーシーにも例外なく、カプセルに入ってもらう。大切な資料として、資源として、お前たちと同様、永久に保管されるだろう」
彼女の手が、カプセルの縁にかかった。
「大丈夫よ、ヘラルド。私はあなたが、私を、みんなの言う、次、の、世界へ、連れて行ってくれると、信じてる。ヴォウェン、の、ことも、好きだから、平気」
彼女のつま先が、培養液につけられた。
新しい世界だなんて、誰に聞いたセリフだろう。
きっと適当に返事を返した、誰かの言葉だ。
そんな世界があるだなんて、俺には信じられない。
オリジナルの個体を溶かす事への、再確認の信号が表示される。
警備ロボが、OKのボタンを押した。
腰まで、液体に浸ったルーシーが、カプセルのシートに収まる。
「じゃ、また後、でね」
後で、とは、いつのことだろう。
体と遺伝子は残っても、記憶が記録として残されていても、俺自身が彼女を彼女と認識出来ず、俺が俺自身と分からなければ、それはもう全くの別人じゃないのか?
「ルーシー!」
叫んだ俺の前に、2台の警備ロボが立ちふさがる。
U字型のアームが、俺の動きを拘束した。
彼女を含んだカプセルのふたが、ゆっくりと閉じていく。
俺の視界の端を、何者かが横切った。
「ルーシー、そこから出ろ!」
彼女の培養液に、片手を突っ込んだのは、ニールだった。
カプセルが警告音を発し、閉じようとしていたふたが開く。
「今すぐここを出て、ヘラルドと逃げろ!」
ニールは、彼女を引きずり出す。
「別の遺伝情報を持つ個体が、混入しています。今すぐ確認をしてください」
カプセルからの警告に、警備ロボットたちが振り返った。
「ニール!」
彼は笑っていた。
「俺たちの本気を、見せてやらなくちゃな」
ニールはルーシーを、俺に向かって放り投げる。
「また会おう」
彼はとりだしたナイフで、自分の頸動脈を切った。
噴きだした血が、辺りに散乱する。
「さぁ、ロボットたちが混乱してるわ、今のうちよ」
カズコがルーシーの手を引く。
俺たちは走り出した。
「ニールは? ニールは!」
ルーシーが叫ぶ。
「大丈夫よ。私たちは永遠に、繰り返し再生する、クローンなんだもの」
警報が鳴り響く。
ロボットたちは空気中に拡散した血の臭いに、全機能を停止させる。
傷ついた人間を救うために、ニールの元に集結を始めた。
射線が、右腕をさっと走る。
一瞬にして焼かれた俺の皮膚は熱で裂け、血が流れ出た。
「外出は禁止されています。すぐに戻ってください」
変わらぬ調子で、ロボットが警告を発する。
ゆっくりと立ち上がった俺を、蜘蛛が見下ろした。
「持ち場に戻って、与えられた指示に従い、作業を続けてください」
「どうする? ルーシー」
彼女は、すすり泣く声を震わせながら答えた。
「分かった。帰ろう。お外には、出られないのね」
「あぁ、そうだ。これで分かっただろう。ピクニックは、中止だ」
うなずいて、分かってくれたと思ったら、違った。
彼女は、なぜか怒っていた。
泣きながらも、鼻水をすすりながらも、明らかに態度が悪い。
イライラして、頭を左右に振り、泣きながら手を所在なくぶらつかせ、怒っていた。
「なんでお前の機嫌が悪いんだよ」
「だって、行きたかったんだもん。ピクニックに行くって、約束したのに」
「それは俺が悪いっていうのか」
「違うよ、そんなこと言ってない」
「じゃあなんでそんなに怒ってんだよ」
「怒ってない」
「怒ってる」
彼女は、スクールの中に向かって歩き始めた。
「だって、どうして外に出ちゃいけないの? どうしてこんなに、ヘラルドとみんなはヴォウェンに怒られてるの? いつになったら、お外に出られるの? お掃除がすんだら? きれいになったら、またピクニックに行ける?」
焼かれた右腕が痛む。
流れ出る血のしずくが、皮膚を伝って指先から落ちている。
それでも俺は、彼女を連れて戻らなくてはならない。
蜘蛛がゆっくりと、俺たちの後ろをついてきている。
「あぁ、そうだよルーシー。カプセルに入って、きれいになったら、またみんなでピクニックに行ける。約束しよう。絶対に、みんなで一緒に行こう」
彼女は、うっすらと微笑んだ。
「うん、分かった。約束ね」
フィールドに並んだ転生機が、口を開けて待っていた。
そこには、中に入るべき人間の呼び名と識別番号が表示されている。
w-35489-OR-31246985、ルーシーの番だ。
俺は、どこかでこれを見ているであろう、ヴォウェンに向かって叫ぶ。
「本当に、このままでいいのかよ! ルーシーまで、消していいのか!」
俺のコピーは、たくさんある。
遺伝子の情報は保管され、永久に記録として残されている。
このルーシー自体はオリジナルかもしれないけど、彼女の遺伝子のコピーは保管されていて、いつでも再生可能だ。
しかも彼女は過去から来た人間で、俺たちの目指す進化の道から逆行する遺伝子の持ち主。
この世界では、すでに知り尽くされた不必要な組み合わせの情報しか持っていない。
頭ではそう分かっていても、俺の中の何かが俺に抵抗する。
「俺の判断に、間違いはあっても迷いはない」
姿を見せないまま、ヴォウェンの声が周囲に響いた。
「ルーシーにも例外なく、カプセルに入ってもらう。大切な資料として、資源として、お前たちと同様、永久に保管されるだろう」
彼女の手が、カプセルの縁にかかった。
「大丈夫よ、ヘラルド。私はあなたが、私を、みんなの言う、次、の、世界へ、連れて行ってくれると、信じてる。ヴォウェン、の、ことも、好きだから、平気」
彼女のつま先が、培養液につけられた。
新しい世界だなんて、誰に聞いたセリフだろう。
きっと適当に返事を返した、誰かの言葉だ。
そんな世界があるだなんて、俺には信じられない。
オリジナルの個体を溶かす事への、再確認の信号が表示される。
警備ロボが、OKのボタンを押した。
腰まで、液体に浸ったルーシーが、カプセルのシートに収まる。
「じゃ、また後、でね」
後で、とは、いつのことだろう。
体と遺伝子は残っても、記憶が記録として残されていても、俺自身が彼女を彼女と認識出来ず、俺が俺自身と分からなければ、それはもう全くの別人じゃないのか?
「ルーシー!」
叫んだ俺の前に、2台の警備ロボが立ちふさがる。
U字型のアームが、俺の動きを拘束した。
彼女を含んだカプセルのふたが、ゆっくりと閉じていく。
俺の視界の端を、何者かが横切った。
「ルーシー、そこから出ろ!」
彼女の培養液に、片手を突っ込んだのは、ニールだった。
カプセルが警告音を発し、閉じようとしていたふたが開く。
「今すぐここを出て、ヘラルドと逃げろ!」
ニールは、彼女を引きずり出す。
「別の遺伝情報を持つ個体が、混入しています。今すぐ確認をしてください」
カプセルからの警告に、警備ロボットたちが振り返った。
「ニール!」
彼は笑っていた。
「俺たちの本気を、見せてやらなくちゃな」
ニールはルーシーを、俺に向かって放り投げる。
「また会おう」
彼はとりだしたナイフで、自分の頸動脈を切った。
噴きだした血が、辺りに散乱する。
「さぁ、ロボットたちが混乱してるわ、今のうちよ」
カズコがルーシーの手を引く。
俺たちは走り出した。
「ニールは? ニールは!」
ルーシーが叫ぶ。
「大丈夫よ。私たちは永遠に、繰り返し再生する、クローンなんだもの」
警報が鳴り響く。
ロボットたちは空気中に拡散した血の臭いに、全機能を停止させる。
傷ついた人間を救うために、ニールの元に集結を始めた。