整理の時間が近づいていた。

俺たちには、初回生産された時につけられる管理番号がある。

個人認識番号だ。

それを元に、遺伝子の再生が行われる時にも、融合の際、近親での配合をさけるためにも使用される、大切な番号だ。

そこを間違えるわけにはいかない。

厳格に、その番号順に整理が行われていて、毎日表示されるその番号が、いよいよ俺たちの年代に近づいていた。

一人一人、再会を誓ってカプセルに入る。

そんな約束にどんな意味があるのか分からないけれども、それだけが俺たちの存在する理由だとしたら、有意義といっていいのかもしれない。

一人ずつ、一人ずつ、カプセルに入った人間が消えていく。

あれだけ、にぎやかで騒がしかったスクールの中が、閑散とし始めた。

「ねぇ、みんなは? どこへ行ったの?」

最近、ルーシーはそんなことを周囲に聞いてまわっている。

誰に聞いても、その答えが様々に違うようで、そのことがよけいに彼女を混乱させていた。

「体をきれいにするんだよ、そしたらリフレッシュして、戻ってくる」

「なんで? いつ? いつ戻ってくるの? どうして? どこに連れて行かれてるの?」

イライラする。

そんな当たり前のことを、俺は疑問に思ったことがない。

なんで赤い色を赤と呼び、白を白と言うのかと聞くようなものだ。

「もう帰って来ない! 俺たちは、バラバラになるんだ!」

どうして自分の気持ちが、こんなにも不安定で落ち着かないのか、スクールではずっと自己の感情をコントロールすることを学んでいた。

感情に支配されない、理性的な人間、偏見や差別意識をも持たない、公平で客観的視点。

身勝手と無知、自己保全のために独善的になることなく、常に全体を考える。

それが次の人間の進化のために必要な要素で、俺たちはその可能性を見出すためにここで産まれたんだ。

あぁ、そうか、こうやって自分の気持ちが乱れるのは、乱れるから、俺たちは失敗だったし、整理されるんだ。

だからきっと、今なら乱れてたってかまわない。

「バラバラになるって? もう会えないの?」

「会えない! 二度とだ!」

「どうして!」

彼女の目に、涙が浮かぶ。

そんな顔で見つめられても、俺にだってどうしようもない。

「みんなで、ピクニックに行くって、約束したじゃない!」

ルーシーの大きな声に、みんなの視線が集まっている。

恥ずかしい。

こんな感情的な言い争いなんて、今さら見られたくない。

「あぁ、そうだね、そんなに行きたいのなら、じゃあ今から行けばいいじゃないか」

なんにも出来ないルーシーが、俺をじっと見上げる。

「行こう。そうだよ、今から行けばいいんだ」

俺は、彼女の腕をつかんだ。

こんな光景、どこかで見たことがある。

俺はそう思いながら、彼女の手を強く引いて歩き出した。

「行こう。今から、ピクニックに!」

転生機が立ち並び、中に入るための作業と手続きを手伝っているスクールの人間たちが、みんなこっちを見ている。

俺は彼女の手を引いて、フィールドの外に向かって歩き始めた。

開けっぱなしになっている、広くて大きな出入り口から、廊下に出る。

照明の落とされた薄暗い廊下を、ガンガン突き進む。

異変を察知した警備ロボが、俺たちにすっと近づいた。

「現在、スクールは閉鎖されています。すぐに指示された作業に戻ってください」

「うるさい!」

外に出る道は、目をつぶっていても分かる。

ルーシーの手を引いて歩く俺たちを取り囲むように、警備ロボの数が増えてゆく。

やかましく警告音をかき立て、どれだけサイレンをならしても、俺はもうコイツらに従うつもりはない。

目の前に、最後の扉が現れた。

ここをくぐり抜けたら、もう外だ。

エントランスホールを横切る。

俺は、そこに手を伸ばした。

「外出は禁止されています。すぐに戻ってください」

蜘蛛型の白い機動ロボが、目の前に飛び降りた。

俺は彼女の手を放し、その細い脚につかみかかる。

機動ロボに、かなうわけない。

分かってる。

でも、人間を決して傷つけてはならないという原則は、今の俺にも適用されているはずだ。

両腕でつかんだ2本の脚を、力任せに押してもびくともしない。

取り付けられた複数のカメラが、俺の姿を取りこみ、分析している。

「外出は禁止されています。すぐに戻ってください」

足をふんばり、さらに腕に力をこめる。

全体重をかけて、この機械を動かそうと試みる。

「いいから、どけ!」

食いしばった歯の奥から、血の味がにじむ。

「無駄な抵抗はやめろ」

目の前のロボットから、ヴォウェンの声が聞こえる。

このロボットたちは、全てこのヴォウェンの指示で動いている。

今のこいつらの全ては、彼の意志だ。

「何をしたって無駄だということは、お前が一番よく分かっているだろう」

カメラの角度が変わって、ルーシーの姿を捕らえる。

「彼女を連れて、戻ってこい」

通信が切れた。

あの男は、ルーシーをかわいがっていたんじゃなかったのか?

「イヤだ!」

俺は、機動ロボの下にもぐった。

そこをすり抜ければ、出口はすぐそこだ。

8本あるロボットの脚のうちの1本が、俺の邪魔をして鼻先に落ちる。

それでもそこを通り抜けようとしたとき、その脚が俺を真横に叩きつけた。

すぐに立ち上がろうとした俺を、またピンとはね飛ばす。

叩きつけられた背中の衝撃で、俺は吐くほど咳き込む。

それでもまだ、立ち上がった。

すぐ横にあった何かのオブジェを投げつける。

粉々に砕け散ったそれは、蜘蛛型のロボットには傷一つつけられない。

走り出す。

つかみかかった俺を軽々と持ちあげると、床に振り落とした。

「やめて!」

立ちふさがったルーシーに、ロボットの動きが止まる。

俺はとっさに彼女の手をつかむと、走り出した。

赤い射線が、足元を狙う。

精密に計算されたそれは、俺の足を焼き、転倒した。