ルーシーはそのキャンビーを放り投げると、俺の後を追いかけてきた。

「ね、ヘラルドは、今度いつ、ピクニックに行く? 遠足の、おでかけ、する?」

俺は、ゆっくりと溶けていく子供たちが入ったカプセルの間を、足早に通り過ぎる。

遺伝情報が混ざるので、混合することは許されない。

完全なる個別で運ばれる。

死亡してから融解すると、生きたタンパク質を採取再生することが出来ないため、健康で若い個体ということが、重要視される。

「私、は、今度また、林檎の花のところに行きたい。前に皆で行ったところ。林檎が好きだから。ヘラルドがくれた、あの花のおもちゃ、まだちゃんと持ってるよ」

個別に融解された細胞は、遺伝情報を元に管理され、適当と判断された組み合わせによって、時には別の個体と融合させて、再生されることもある。

そうなれば、新しい人間になってしまうので、元の自分というわけではない。

そのまま継続して再生されれば、自分が自分として蘇ることになる。

「みんな、誰もピクニックに行こうって、言ってくれ、な、いの。ヴォウェンはお仕事中だから、お話し出来ないし、ディーノとイヴァは、いないんだもん」

だけど、記憶の継承は難しくて、各地に設置された定点カメラや、キャンビーのメモリーを個人の記録として残すより方法がない。

それを見れば、過去の自分の記録をたどることは可能だけれども、それが許されるのは、成人した大人だけだ。

「カズコもレオンもニールも、みんな忙しそうだから、さみしい、の」

再生されたクローン同士が、再び同じエリアで解放され、巡り会い、友好な関係を築くことが出来れば、再会もありえるという話だ。

俺たちは、何度も何度も同じパターンをくり返し、そこから得られる有益な情報、経験を元に、進化を続けている。

カズコの言う、運がよければというのは、そういうことだ。

「ね、ヘラルドは、今忙しい?」

「あぁ、忙しいんだ、放っといてくれ!」

つい声を荒げてしまったことを、すぐに反省する。

彼女は、さみしそうにうつむいた。

「最近、みんな、変で、つまん、ない」

「はは、つまんない、か」

彼女のその言葉に、俺は深く傷つけられたような気がした。

「そうだね、つまんないね、ルーシーは、どうしたい?」

彼女の顔が、明るく輝く。

「みんなで、ピクニックに行こう!」

「ピクニックか、じゃあ、計画を立てなくっちゃね」

ルーシーが微笑む。

ピクニックか、いいじゃないか。

外は本物の嵐、中は戒厳令発動中の、穏やかで確実な嵐だ。

どっちにしろ、嵐のまっただ中にいるのなら、本物の嵐に飛び込んだ方がいい。

「ルーシー、みんなを驚かせよう。二人でこっそり計画して、びっくりさせるんだ」

うんうんと、うれしそうに彼女は、何度もうなずく。

「これは二人だけの秘密だよ、約束できる?」

俺が小指を差し出すと、彼女はすぐ、同じように小指を差し出した。

俺はその細く白い指に、自分の指を絡める。

「じゃ、絶対に秘密だよ」

それで、彼女が納得したかどうかは分からない。

だけど、とりあえず大人しくさせることには成功したらしい。

俺は、それでいいと思っていた。

「ね、ヘラルド、どこに行くのか、決めた?」

それ以来、俺はことあるごとに、ルーシーに絡まれるようになってしまった。

本気でここから出て行くことも、ましてやピクニックなんてありえない。

それは、逃亡であり犯罪だ。

「今は、大事なお仕事の時期だから、だからヴォウェンは忙しくしていて、みんなもそれを手伝っている」

俺の説明に、彼女はうなずく。

「そのお仕事が終わったら、みんなで行こう。ルーシーの好きなところでいいよ、どこに行きたい?」

彼女は、うれしそうに考えをめぐらせている。

「うーんとね、やっぱり、みんな、で、最初に行く、た、公園に行きたい。林檎の木、約束したでしょ?」

「はは、ルーシーは、意外と記憶力がいいな」

彼女はその時の思い出を、ぶつぶつとつぶやきながら、俺の後をしつこく追い回している。

ふと、疑問が浮かんだ。

「ねぇ、ルーシーは、ここに来る前の記憶はあるの?」

彼女は首をかしげた。

「ルーシーは、カプセルに乗ってやってきただろ?」

うんと、うなずく。

「どこでそのカプセルに乗ったの? その時は、どこで何をしてた」

ルーシーは、困った顔をしてうつむく。

「覚えて、ないの?」

「分からない」

くるりと背をむけると、彼女は逃げるように去って行く。

まぁ、どうでもいいや。

そんなこと、今となっては俺にはもう関係のないことだし、キャンプベースでも散々問い正されているだろうし、本当に記憶がないのかもしれない。

彼女の長い時間は、彼女のものだ。