レオンの言う通り、なにか重大な事件が起こっていることは、間違いないらしい。

乗り込んだ自動運転車は、告げた目的地まで、俺たちを運んでいこうとしなかった。

『一部、道路交通規制がかかっています』

その一言だけをくり返し、問題があったという海岸の手前までしか、運行できないと言う。

「な? おかしいだろ?」

俺たちは、車で行けるぎりぎりのところまで走らせると、そこから歩いて海岸線に向かった。

潮風と、頻繁に打ち寄せる高波のせいで、この辺りの設備には、どうしても部分的な錆びが目立つ。

どれだけ設備を充実させても、自然の持つ小さくも巨大な影響力には、あらがえないということなんだろう。

「歩道も動いていないだなんて、どういうこと?」

ほぼ全ての道に、一本は設置されているはずの動く歩道も、運転が停止していた。

人々が集まってくるのを、防止するつもりだったのだろうか。

それでも好奇心にかき立てられた人間は、いくらでも寄ってくる。

やがて俺たちは、噂を聞きつけた野次馬で溢れる岸壁の、すぐそばまでたどり着いた。

この周辺から集められた保安ロボが、さかんに退避勧告を発しているが、すでに溢れている人の波の間では、その能力を発揮できずにいる。

「ほら、こっちだ!」

レオンは、そんな保安ロボたちの横をすり抜けた。

あちこちで警告音が鳴り響いているが、それに従おうという人間は、どこにもいないらしい。

「カズコ、大丈夫?」

俺が手を差し出すと、彼女はそこに手を置いた。

「ヘラルドも、好奇心には勝てないのね」

彼女にそう言われて、俺も苦笑いするしかない。

「あたり」

「ふふ、私もそうよ」

少し手を引いて、彼女を群衆の前に出す。

人垣の合間から見えたものは、これだけの騒ぎを起こすのに、十分なものだった。

濃緑色の丸いカプセル、表面はクルミの殻のように波打った保護材に覆われていて、その凹凸のむこうに、バルブや細かい配管が無数に並んでいる。

小さな円形窓は暗くよどんでいて、中がどうなっているのかは分からない。

本来なら機能しているはずの無数の計器は、どれも動いていないようだった。

「やだ、アレって……」

「箱船だ」

252年前、人類を乗せて、絶望的な危機をくぐり抜けた避難カプセルが、今になってこの岸壁に打ち上げられたのだ。

この小さな生命維持装置は、どれだけの時間を波間に漂っていたのだろうか、カプセルの収集信号を発する赤いランプだけが、小さく点滅している。

「やべぇな、あのナカ、昔の人の死体でも入ってんのかな」

レオンがそうつぶやいた時、キャンプベース本部から来たと思われる一行がたどり着いた。

突然現れた白く大きな機動ボロによって、野次馬の人間たちは、そこからの後退を余儀なくされる。

「すげぇ、本部からの人間さまの登場だ」

数十体にも及ぶ機動ロボと保安ロボに囲まれて、大型の輸送車から降りてきたのは、3人の人間だった。

金髪の男女に黒い髪の男、いずれも成人したキャンプベースの役員だ。

俺たちには手の届かない存在、現実に生で見かけることすら珍しい種類の人間。

黒髪の男と金髪の女がカプセルに近寄ると、残りの一人が俺たちの前に立ちはだかった。

「さぁ、野次馬は帰るんだ」

彼らの周囲には、人間に対する攻撃禁忌レベルを引き下げた機動ロボがうごめいている。

コイツらを操ることができるのは、選ばれた一部の人間だけだ。

人型に近い、だけど人間よりすらりと背の高く、機動性に優れたデザインのそいつらを前にして、集まった人々は徐々に整理されていく。

人垣にようやく出来た隙間空間に、保安ロボが割り込んだ。

それを契機に、彼らによってあっという間に遮光帯が張られ、何も見えなくなってしまう。

「本物の箱船を、博物館以外で初めて見た」

俺がそうつぶやいたら、カズコもため息をつく。

「やだ、あの中身って、どうなっているのかしら」

それを想像するには、俺にはおぞましさと恐怖がつきまとう。

考えられない。

「さー、終わった終わった、帰ろうぜ!」

レオンは大きく背伸びをした。

カプセルの中身にまで、彼の興味は及ばないらしい。

散り始めた人垣の向こうに、遮光帯よりも背の高い輸送車の天井が見えた。

開いていたハッチのようなものが、ゆっくりと閉じてゆく。

「回収も終わったみたいだな」

「あとは、キャンプベース本部からの、公式発表を待つしかないわね」

見せ物が見えなくなってしまったので、俺たちは表通りに出て、配車の呼び出しをかけた。

さすがにこれだけの人間が集まると、自動運転車の配送も、すぐには回ってこない。

「ジャンたち、まだ見てるのかな」

ようやく目の前で扉を開けた車に乗り込み、まだ出発していない輸送車の天井部分を見た。

「こんなとこにいつまでも居たって、何にもならないのになぁ!」

レオンは笑う。

「さ、帰って私たちだけでも、先に課題を進めるわよ」

俺たちを乗せた車は、ゆっくりと動き出した。