翌朝、目が覚めるとジャンが待っていた。

「整理が始まったらしい」

彼は開口一番、俺にそう告げた。

「エリアの北の端に、整理担当が到着して、順番に南下してくるそうだ」

「どうやって、整理されるの?」

「お前も見たことあるだろ」

ジャンが言った。

「キャンビーから記録をとりだした後で、人体を構成しているタンパク質を融解し、再構成させる装置だ。そこから、新しい人間が産まれる」

「あぁ」

そうだった。

俺も、ジャンも、みんなそこで産まれてきた。

ジャンは、部屋の灯りをつけた。

「電力が元に戻ったの?」

「その、再構成のための装置に、電力が必要なんだとよ。ロボットたちに残されている情報も、転送しなくちゃならないしな」

金属の塊と化していたロボットが、機械たちが、動き出していた。

まるで昔に戻ったみたいだ。

だけどそれは、俺たちの方を向いているのではなく、こちらの指示には、全く反応してくれない。

「これまでは、誰よりも大事にされてたのにな」

俺がそうつぶやくと、ジャンは鼻で笑った。

「今でも、大切にされているさ」

その日が来た時、俺たちは全員、スクールの競技場に呼ばれた。

「数が多いが、転生機の数が限られている。ここでは数日を要するが、予定通り君たちの転生を行うつもりだ。協力を頼む」

やって来たのは、この地区を担当するヴォウェンだった。

ディーノの姿はなく、イヴァもいなかった。

彼は一人で、無数のロボットたちに囲まれて、この業務を行っていた。

わずか数週間前まで、ここは活気にあふれたスポーツの広場だった。

俺たちがハンドリングロボの試合を繰り広げた会場に、今は数十台の転生機が、整然と並べられている。

「大がかりな設置作業に入る。実務は明日からだ」

ヴォウェンが姿を消した。

作業を続けるロボットたちのあいだで、楕円形のカプセルが光る。

培養液に満たされたこのカプセルが、人工子宮といわれる転生装置だ。

産まれて、死んで、またここで産まれ変わる。

俺は、滑らかなその壁面に、そっと手を置いた。

「懐かしいな」

「記憶があるのか?」

ジャンの言葉に、俺は尋ねる。

「何となく、幼い、子どもの時の記憶だ」

彼はじっと、その暖かみのある装置をながめていた。

「怖くない、と言えば、嘘になる」

一部を除き、落とされた照明と、転生のために入れられたスイッチ。

その駆動確認のための表示ランプが、色鮮やかな光の畑のように、ぴかぴかと光っていた。

「だけど、ここに入ることを拒むということは、自分自身の出自も拒むことになる。俺には、そんなことは出来ない」

ジャンの目が、真っ直ぐに前を見つめた。

「俺は、迷わない。怖れても、やめはしない。それだけは、忘れないでいようと思う」

彼が心から、にっこりと笑うのを、初めて見たような気がする。

ジャンは本当に、そう思って笑っていた。

「さぁ、もう休もう。俺たちには、大事な仕事が待ってる。新しく産まれ変わるための、儀式だ」

ジャンが出て行く。

俺も、自分の部屋に戻った。

スクールには、3千人以上の人間が在籍していた。

その一人一人を、転生機にかけ融解し、タンパク質としてとりだし再利用する。

培養液と、その輸送コストのため、小さな子どもから優先して行われていた。

新鮮な細胞の方が、再生利用するのにも、成功率が高くやりやすいというのも、その理由の一つだ。

ルーシーは、子供たちが順番にカプセルに入っていくのを、不思議そうにながめていた。

「あそこに、入って、どうする、の?」

「あそこに入って、産まれ変わるんだ」

「産まれ、変わる?」

彼女の手が、カプセルに触れた。

転生機は、停止することなく可動している。

彼女に対するリミッターも、外されたのかもしれない。

「あんまり、見ない方がいいよ」

徐々に融解していく体は、見ていてあまり気持ちのいいものではない。

カズコが、ぐずる子どもを抱きかかえていた。

「いやだ! このゲームを組み立てるまでは、入らない!」

「大丈夫、あとから出来るから」

「出来ないよ! てゆーか、今やりたいの!」

「後でね、一緒にやろう」

カズコに懐いていたその子は、彼女を見上げた。

「絶対に? 約束守る?」

「うん、守るよ。嘘ついたこと、ないでしょ」

子どもは、しぶしぶ彼女に従った。

「じゃ、終わったら、絶対に約束だよ」

カズコはうなずくと、カプセルのふたを閉めた。

子どもは、満足したように目を閉じる。

暖かく心地よい培養液に満たされて、あの子はきっと、安心して眠りについた。

「あたしも、一緒にゲームしたい!」

ルーシーがそう言うと、カズコは笑った。

「運がよければね、きっと私たちは次の世界でまた巡り会って、一緒に過ごせるわ」

俺に向かって、ルーシーの顔が、明るくぱっとふられた。

彼女にとって、理解や意味が分からない状況に遭遇したときに、説明を求める時の仕草だ。

「なに? カズコの、話、分からないから、教えて」

俺は、長く深い息を吐く。

「そんなこと、自分で考えろよ」

彼女の顔は、まだこっちを見ていた。

「『運が、よければ』の、『運』って、なに?」

「キャンビー!」

俺は、自分のキャンビーを呼び出した。

一部の機能が停止されてはいたが、外部接触以外は、問題なく使える状況だった。

「ルーシーに、『運』の意味を教えてやれ」

説明を始めたキャンビーを、彼女は両腕に抱いた。

俺は、ルーシーに背を向けて歩き始める。

こんな所に、彼女と一緒にはいたくなかった。

俺にこれ以上の説明を求められても、困る。