気がつけば、俺たちは集まって過ごすことが多くなっていた。
それまでは、居住地は自由に選択できた。
スクール内部の寮のようなところでもよかったし、個室でもよかった。
スクール近くの小さな部屋でもよかったし、ショッピングモールの広く豪華な部屋でも、好きなだけキャンプベースに伝えれば提供された。
思い思いの形態で過ごしていたはずの人間同士が、今は意味もなく、何となく1箇所に集まって時間を過ごしている。
夜がこんなに暗くて、さみしいものだとは思わなかった。
朝はとてもまぶしくて、日の光がこれほど暖かいなんて、知らなかった。
俺たちは全員、同じ時期に連れてこられたクローンだ。
何となく見知った顔の隣の奴と、にっこりと笑って食事を分け合う。
もう『成人』認定のための試験を受ける必要も、人類の次の進化のための挑戦も、学習も、俺たちには要らない。
暴動が起きるかとも思ったけど、それで何かが変わるわけでもないことを、知っている。
前回のエリア閉鎖は14年前、新型のウイルスがまん延し、人口が1/4にまで減ったところで閉鎖が決まった。
ウイルスは採取保管され、生き残った人間のサンプルがとられた。
その情報は今の俺たちに、ちゃんと生かされている。
俺たちの存在は、決して無駄にされることはない。
俺たちはここで、感情のコントロールを学んでいた。
怒りや暴力では何も解決しないのだから、ある意味で俺たちの学習は、正解だったのかもしれない。
こうやって残された今でも、穏やかで平和な時間を過ごしている。
「することがなくなったら、急に退屈になったわね」
カズコが言った。
「ねぇ、みんなでピクニックにでも行かない?」
課題として行かなければいけない義務があった時には、あれほど面倒くさがっていたのに、俺たちはすぐに快く同意した。
自分たちの食べる分だけ自分の背に負って歩き出す。
車がないから、そう遠くまでは出かけられない。
地図と、風向きを頼りに歩いていると、じんわりと背に汗をかく。
スクールのすぐ近くにある、海岸の絶壁にやってきた。
いつも窓から見ていたその風景に、足を運んだのは初めてだった。
「実際に歩いてみると、遠いと思ってたのが、案外近かったわね」
カズコは、軽く息を弾ませていた。
そこに着いても、ニールは相変わらず工作を続けていたけれども、それはスクールに反発するためのチートプログラムなんかではなくて、レオンや俺、ルーシーたちのために、気晴らしで作ったドローンだった。
それはとても簡単な作りで、まるで子どもの工作かおもちゃみたいな飛行機で、キャンビーなんかにも接続出来ないから、自分たちの操縦技術で飛ばさなければならなかった。
レオンがすぐに落下させて、カズコとニールはそれを見て笑った。
俺は何とか操縦出来たことにほっとして、意外と上手く操るルーシーに感心した。
「大人になったら、なにをしてみたかった?」
ふいに、カズコが聞いた。
「別に、大人とか子どもとか、関係ないだろ。いつだってなんだって、好きなことだけやってるよ」
ニールは呆れたように答える。
「俺たちは、どこにいても自由なんだから」
「レオンは?」
「俺も。別に困ることなんてないよ。どこにいたって、俺自身であることに、変わりはないからね」
強く風が吹く。
夕焼けの空に浮かぶ黒い雲の塊が、速いスピードで動いている。
「嵐が来るかな」
「ヘラルドは?」
俺はいま、見慣れたその風景を、強化ガラス越しではなく、肌で感じていた。
「俺は、この海の向こうを見てみたかったな、あの空の星にも、行ってみたい」
水平線にせまる影が、夜の足音を忍ばせる空に、一番星が輝いている。
「衛星画像でいつでも見られたじゃない。今はもう、見れないけど」
「そうだね、そうだけど」
「どこへ行っても、こここと変わらないよ」
「うん」
レオンの言う通りだ。
だけど、もしかしたら、違う景色が見られたかもしれない。
その可能背は、なかったのかな。
ルーシーが、隣に並んだ。
「ルーシーは?」
「私は、みんなと、一緒、いたい」
彼女が微笑む。
そのことになぜか、俺の胸が痛んだ。
彼女は、今のこの状況を、どれだけ理解しているのだろうか。
俺たちは、もしかしたら彼女を、次の未来に送らなくてはならない義務が、あったのかもしれない。
過去から未来に来たであろう君を、次の未来に送り届けるということ。
だけど、俺たちはまだ、その自分たちに課せられた課題を乗り越えられないでいる。
次の進化の大躍進まで、間に合わないかもしれない。
その変化を迎えるためには、地球の寿命じゃ短すぎるんだ。
ここにはもう、そんな手段も方法も残っていない。
君は、ここではなく、違うエリアへ、あるいはもっと違う場所へ、行き着いた方がよかったんだ。
「ルーシー」
彼女の長い髪を、指先ですくい上げる。
風が冷たく変わった。
「嵐がくる。帰るぞ」
俺が次の言葉を発するよりも先に、ニールがそう言って立ち上がった。
彼はもう、キャンビーからの警告がなくても、嵐を予感することが出来る。
ルーシーはオリジナルだ。
多分だけど、クローンではない。
だからこそ、ロボットたちはオリジナルに反応して、完全に動きを止めたんだ。
俺以外のみんなも、口には出さないけれど、そのことに気づいている。
きっとルーシーのコピーもとられている。
それは間違いない。
だけど、彼女は推定で300年前の人間だ。
人類の次の大躍進、サルからヒトに進化したように、原核生物から原生生物が生まれたように、次の進化を待ち望む俺たちにとって、ルーシーは退化であり逆進であり、不要な因子だった。
だからこそ、オリジナルのままでここに放置されたに違いない。
彼女はニールの言葉に従って、素直にリュックサックを背負った。
彼女に背負わされた運命が、どれほど過酷なものか、想像が出来ない。
一列に並んで、日の落ちた夜道をスクールに向かって歩く。
あれほど整備され、ゴミ一つ落ちていなかった道路には、今や名前も知らない草がぼうぼうに生えている。
何かをしなければならない、だけど、何をしていいのかが分からない。
俺だけじゃない、みんな同じ気持ちのはずだ。
このままで、本当にいいのか、俺たちは、このままで、本当によかったのか。
「なぁ!」
俺は、前を歩く4人の背中に向かって叫んだ。
「俺は、本当はもうちょっと、生きたい、の、かもしれない。俺は、出来ればここを、きっと、多分、出て行きたい、ん、だと思う」
ふり向いたみんなの顔は、夜の暗さのせいで、よくは見えなかった。
「それは、言っちゃダメなことだったのかな」
俺が足を止めたら、みんなの足も止まった。
「……ヘラルドは、死にたくなくなったのね」
カズコの声が聞こえる。
「判断するのは、俺たちじゃなくて、キャンプベースだ」
ニールの声は、とても落ち着いていた。
「人はいずれ死ぬ。俺たちが死んだって、誰かが生き残る。いつまでも生きていられる不死の人間なんて、いないんだ」
「そうだよヘラルド」
レオンが続ける。
「俺たちは、生きて生まれてきたことを、感謝しなくっちゃ」
再び歩き始めた行列は、無言のままで、あっという間にスクールに到着した。
「じゃあ」と挨拶をして、いつものように自分の部屋に戻る。
最近、レオンはニールの部屋に入り浸っているようだった。
二人で作曲をしているらしく、レオンの歌声と、ニールの組み立てる音楽が、開いたドアの隙間から漏れ聞こえる。
整理が、片付けが始まるのが、怖いわけじゃない。
クローンとして生まれ、社会に貢献出来たことも、誇りに思っている。
それは本当だ。
だけど……。
俺は、ため息をつく。
結果は、受け入れるしかない。
こうやって新しい街が作られ、俺自身も作られ、同じようにして、以前この土地に住んでいた人間の片付けが終わったところに、今の俺がいるんだ。
それが循環していくことに、一体なんの不満を持てというのだろう。
ニールとレオンの、軽やかな笑い声が聞こえる。
彼らの作った音楽は、ここで作られた音楽として記録に残され、ひっそりと受け継がれていくのだろう。
それは、俺自身の存在も同じことだ。
俺は考えるのをやめ、ベッドにもぐった。
それまでは、居住地は自由に選択できた。
スクール内部の寮のようなところでもよかったし、個室でもよかった。
スクール近くの小さな部屋でもよかったし、ショッピングモールの広く豪華な部屋でも、好きなだけキャンプベースに伝えれば提供された。
思い思いの形態で過ごしていたはずの人間同士が、今は意味もなく、何となく1箇所に集まって時間を過ごしている。
夜がこんなに暗くて、さみしいものだとは思わなかった。
朝はとてもまぶしくて、日の光がこれほど暖かいなんて、知らなかった。
俺たちは全員、同じ時期に連れてこられたクローンだ。
何となく見知った顔の隣の奴と、にっこりと笑って食事を分け合う。
もう『成人』認定のための試験を受ける必要も、人類の次の進化のための挑戦も、学習も、俺たちには要らない。
暴動が起きるかとも思ったけど、それで何かが変わるわけでもないことを、知っている。
前回のエリア閉鎖は14年前、新型のウイルスがまん延し、人口が1/4にまで減ったところで閉鎖が決まった。
ウイルスは採取保管され、生き残った人間のサンプルがとられた。
その情報は今の俺たちに、ちゃんと生かされている。
俺たちの存在は、決して無駄にされることはない。
俺たちはここで、感情のコントロールを学んでいた。
怒りや暴力では何も解決しないのだから、ある意味で俺たちの学習は、正解だったのかもしれない。
こうやって残された今でも、穏やかで平和な時間を過ごしている。
「することがなくなったら、急に退屈になったわね」
カズコが言った。
「ねぇ、みんなでピクニックにでも行かない?」
課題として行かなければいけない義務があった時には、あれほど面倒くさがっていたのに、俺たちはすぐに快く同意した。
自分たちの食べる分だけ自分の背に負って歩き出す。
車がないから、そう遠くまでは出かけられない。
地図と、風向きを頼りに歩いていると、じんわりと背に汗をかく。
スクールのすぐ近くにある、海岸の絶壁にやってきた。
いつも窓から見ていたその風景に、足を運んだのは初めてだった。
「実際に歩いてみると、遠いと思ってたのが、案外近かったわね」
カズコは、軽く息を弾ませていた。
そこに着いても、ニールは相変わらず工作を続けていたけれども、それはスクールに反発するためのチートプログラムなんかではなくて、レオンや俺、ルーシーたちのために、気晴らしで作ったドローンだった。
それはとても簡単な作りで、まるで子どもの工作かおもちゃみたいな飛行機で、キャンビーなんかにも接続出来ないから、自分たちの操縦技術で飛ばさなければならなかった。
レオンがすぐに落下させて、カズコとニールはそれを見て笑った。
俺は何とか操縦出来たことにほっとして、意外と上手く操るルーシーに感心した。
「大人になったら、なにをしてみたかった?」
ふいに、カズコが聞いた。
「別に、大人とか子どもとか、関係ないだろ。いつだってなんだって、好きなことだけやってるよ」
ニールは呆れたように答える。
「俺たちは、どこにいても自由なんだから」
「レオンは?」
「俺も。別に困ることなんてないよ。どこにいたって、俺自身であることに、変わりはないからね」
強く風が吹く。
夕焼けの空に浮かぶ黒い雲の塊が、速いスピードで動いている。
「嵐が来るかな」
「ヘラルドは?」
俺はいま、見慣れたその風景を、強化ガラス越しではなく、肌で感じていた。
「俺は、この海の向こうを見てみたかったな、あの空の星にも、行ってみたい」
水平線にせまる影が、夜の足音を忍ばせる空に、一番星が輝いている。
「衛星画像でいつでも見られたじゃない。今はもう、見れないけど」
「そうだね、そうだけど」
「どこへ行っても、こここと変わらないよ」
「うん」
レオンの言う通りだ。
だけど、もしかしたら、違う景色が見られたかもしれない。
その可能背は、なかったのかな。
ルーシーが、隣に並んだ。
「ルーシーは?」
「私は、みんなと、一緒、いたい」
彼女が微笑む。
そのことになぜか、俺の胸が痛んだ。
彼女は、今のこの状況を、どれだけ理解しているのだろうか。
俺たちは、もしかしたら彼女を、次の未来に送らなくてはならない義務が、あったのかもしれない。
過去から未来に来たであろう君を、次の未来に送り届けるということ。
だけど、俺たちはまだ、その自分たちに課せられた課題を乗り越えられないでいる。
次の進化の大躍進まで、間に合わないかもしれない。
その変化を迎えるためには、地球の寿命じゃ短すぎるんだ。
ここにはもう、そんな手段も方法も残っていない。
君は、ここではなく、違うエリアへ、あるいはもっと違う場所へ、行き着いた方がよかったんだ。
「ルーシー」
彼女の長い髪を、指先ですくい上げる。
風が冷たく変わった。
「嵐がくる。帰るぞ」
俺が次の言葉を発するよりも先に、ニールがそう言って立ち上がった。
彼はもう、キャンビーからの警告がなくても、嵐を予感することが出来る。
ルーシーはオリジナルだ。
多分だけど、クローンではない。
だからこそ、ロボットたちはオリジナルに反応して、完全に動きを止めたんだ。
俺以外のみんなも、口には出さないけれど、そのことに気づいている。
きっとルーシーのコピーもとられている。
それは間違いない。
だけど、彼女は推定で300年前の人間だ。
人類の次の大躍進、サルからヒトに進化したように、原核生物から原生生物が生まれたように、次の進化を待ち望む俺たちにとって、ルーシーは退化であり逆進であり、不要な因子だった。
だからこそ、オリジナルのままでここに放置されたに違いない。
彼女はニールの言葉に従って、素直にリュックサックを背負った。
彼女に背負わされた運命が、どれほど過酷なものか、想像が出来ない。
一列に並んで、日の落ちた夜道をスクールに向かって歩く。
あれほど整備され、ゴミ一つ落ちていなかった道路には、今や名前も知らない草がぼうぼうに生えている。
何かをしなければならない、だけど、何をしていいのかが分からない。
俺だけじゃない、みんな同じ気持ちのはずだ。
このままで、本当にいいのか、俺たちは、このままで、本当によかったのか。
「なぁ!」
俺は、前を歩く4人の背中に向かって叫んだ。
「俺は、本当はもうちょっと、生きたい、の、かもしれない。俺は、出来ればここを、きっと、多分、出て行きたい、ん、だと思う」
ふり向いたみんなの顔は、夜の暗さのせいで、よくは見えなかった。
「それは、言っちゃダメなことだったのかな」
俺が足を止めたら、みんなの足も止まった。
「……ヘラルドは、死にたくなくなったのね」
カズコの声が聞こえる。
「判断するのは、俺たちじゃなくて、キャンプベースだ」
ニールの声は、とても落ち着いていた。
「人はいずれ死ぬ。俺たちが死んだって、誰かが生き残る。いつまでも生きていられる不死の人間なんて、いないんだ」
「そうだよヘラルド」
レオンが続ける。
「俺たちは、生きて生まれてきたことを、感謝しなくっちゃ」
再び歩き始めた行列は、無言のままで、あっという間にスクールに到着した。
「じゃあ」と挨拶をして、いつものように自分の部屋に戻る。
最近、レオンはニールの部屋に入り浸っているようだった。
二人で作曲をしているらしく、レオンの歌声と、ニールの組み立てる音楽が、開いたドアの隙間から漏れ聞こえる。
整理が、片付けが始まるのが、怖いわけじゃない。
クローンとして生まれ、社会に貢献出来たことも、誇りに思っている。
それは本当だ。
だけど……。
俺は、ため息をつく。
結果は、受け入れるしかない。
こうやって新しい街が作られ、俺自身も作られ、同じようにして、以前この土地に住んでいた人間の片付けが終わったところに、今の俺がいるんだ。
それが循環していくことに、一体なんの不満を持てというのだろう。
ニールとレオンの、軽やかな笑い声が聞こえる。
彼らの作った音楽は、ここで作られた音楽として記録に残され、ひっそりと受け継がれていくのだろう。
それは、俺自身の存在も同じことだ。
俺は考えるのをやめ、ベッドにもぐった。