人間が、死んだ。

あってはならないことだ。

人は、いがみあい、殺し合ってはならない。

人が人を殺めることがあってはならない。

そんなたった一つの単純なルールを、俺たちは守り通す事ができなかった。

なんのためのスクールなのか、なんのための学習か、そんな明確かつ単純なルール一つすら守れない人間は、人間であって人間ではない。

このエリアで起こってしまった事件は、俺たち自身の失敗だった。

この世界で、23年ぶりに起こった『殺人』事件は、大きな波紋を呼んだ。

しかもそれが、安全であるべきスクールの内部で起こったことが、さらに拍車をかけていた。

23年前に起こったもう一つの殺人事件は、建設現場で作業に当たっていたロボットの、動作不良点検中に起こった事件だった。

その時は、作業の効率化とさらなる安全対策が議論の中心になったが、今回は暴動のきっかけと原因が、問題視されていた。

すぐにエリアの閉鎖が議論された。

長い長い時間を要するこの実験は、成果が上がりにくいうえに、とても効率が悪い。

長い時間と労力をかけて行われた実験も、失敗したとなれば、もう用はない。

キャンプベースとの通信が遮断された。

電力の供給が途絶え、自家発電の装置にスイッチが切り替えられた。

動力は以前と比べものにならない。

エリア全体のキャンビーを動かすだけで精一杯だった。

空には星が溢れ、風がふき雨が降りそそいだ。

日陰は寒く日の当たる場所は熱すぎた。

扉は全て手動で開閉しなければならず、冷蔵庫もエアコンも切れた。

自動運転のはずの車も動かず、警備ロボは俺たちの警備をやめ、動かないただの置きものになった。

返事をして答えるものが、人間しかいなくなった。

「残念だが、このエリアの閉鎖が決まった」

唯一、外部との通信施設となった、事件現場の競技場巨大スクリーンに、この地区のエリアリーダーであるバルナスの姿が映った。

「これは、会議で決まったことだ。お前たちも、よくよく知っていたはずだ。分かっていただろう。自分たちにだけ、例外が適用されると思ったか?」

ジャンの怪我は手当てされた。

ニールも無事だ。

俺たちは残った人間と共に、そこに集まっていた。

画面の隅に、ディーノの姿が映る。

「安心しろ、お前たちの記録は受け継がれ、次のエリアにこの成果が適用される。そうやって人類は、よりよき進化を目指すんだ。これがもっとも正確で、合理的かつ安全なやり方なんだ」

ディーノがそう言い、成人したらしいもう一人の俺が言う。

「他のエリアでは、問題なく生活が行われている。これは、確率の問題ではないんだ。研究されるべき、必然の条件だ」

俺は、俺よりいくらか年上らしい自分にうなずく。

俺は、あったことのない俺を画面越しに見下ろした。

「俺たちは一人じゃない。同じ遺伝子を持った自分が、ちゃんとどこかで生き残っている」

俺はやさしく、微笑んだ。

「ありがとう。お疲れさまでした」

通信画面が切れる。

俺たちは間もなく整理され、この土地は全面改装、殺菌と消毒が行われ、新たに立てられた施設で、新しく産まれた新しい俺たちが、次の未来の可能性を探ることになる。

正しい感性を持ち、自らを律し決して間違いを犯すことのない環境と遺伝子、仲間を育て守り共生していく能力。

集団心理に流されて殺人事件を起こすような、そんな危うい環境と人間関係しか築けなかった俺たちに、与えられた環境が良くなかったのだ。

こうやって、俺たちの経験は生かされてゆく。

失敗もまた成果の一つだ。

成功より、失敗から学ぶことの方が大きい。

これでまた一つ、人類全体が生き残るための可能性が、開かれたことになる。

俺のクローンがどれだけ作られているのか、俺は知らない。

だけど、俺がこの世界のどこかで生きているのは、間違いのない事実で、俺のオリジナルは安全なところで、ちゃんと守られている。

だからこそ俺は、ここにいて、新たな進化の可能性を探るために、協力しているのだ。

俺は間違えた。

でも、俺は間違っていない。

俺は死んでも、俺は死なない。

「成人した自分が、見れてよかった」

俺は、ぼぞりとつぶやいた。

「いいよな、ヘラルドは。そういう意味では、ラッキーだったな」

ニールは組んだ手を頭の上に乗せ、ため息をつく。

「俺なんて、どこでなにしてんだろうな。一人くらいは、成人してて欲しいけど」

「そりゃ一人くらいは、ちゃんとしてる奴が育ってるだろ、そうじゃないと、意味がないじゃないか」

「そうだよな」

彼は笑った。

「これからどうする?」

カズコが言う。

「ちょっと、好き勝手にやりすぎちゃったのかもね」

「それもまた人生! 楽しかったから、いいんじゃない?」

「そんなんだから、失敗したのよ」

レオンの言葉に、カズコも笑った。

「あぁ、どうすっかなぁ」

ジャンがため息をつく。

「整理のタイミングって、どんなのか知ってる?」

「知るわけないだろ、てゆーか、知らされるのか?」

俺は、エリアリーダーのバルナスは、少しジャンに似ていると思った。

完全なクローンではないかもしれないけど、もしかしたら、血縁関係にあるのかもしれない。

「死ぬって分かってたら、もうちょっと楽しくやったのにな」

「死にたくなかったら、真面目に生きたんじゃないの?」

「死んだって、死なないんだから、どっちだっていいんだよ」

オリジナルの遺伝情報はしっかり記録されていて、いつでも再生可能だ。

「決まったもんはしょうがねぇだろ、俺たちは、楽しく暮らす方を選んだんだ」

ジャンが立ち上がった。

「整理までの間、楽しく生きようぜ」

ジャンは、仲間たちを集めて指揮をとる。

食料や水を集めて、配分を決めた。

動かなくなったロボットたちやマーケットには、たくさんの食料が備蓄されていて、災害用のものも含めると、当分の間は困りそうになかった。

電力も、わずかながらに通っている。

生活をするのに、問題は見当たらなかった。