「配分を変えるわね」

イヴァは機動ロボたちに、何かの指示を追加した。

迷路の外に待機していたロボットたちが動き出す。

「禁則条件は変更しないの?」

「相変わらず気が早いな」

ディーノが笑った。

新しく投入された機動ロボは、迷路の通路幅に合わせて、体型をコンパクトな車両型に変形させていた。

搭載された電子銃で、仲間の乗るバイクを狙い撃つ。

「災害救助モードに入れかえるわよ」

ディーノとイヴァは、迷路の外、フィールドの隅でライド型の機動ロボに搭乗し、他のロボットたちの操作をしている。

「そこにいるあんたたちも、怪我をしてる仲間を優先して助けてあげなさい」

拡声器から、イヴァのため息が聞こえる。

撃ち落とされた機体の下になった仲間の元に、機動ロボが近寄る。

片腕で機体を持ちあげると、もう一本のアームで体をつまみあげた。

そうなると、人間が体当たりしても、機能を一時停止させたりはしない。

ぶつかってきた仲間を共につまみあげると、フィールドの外に運び始めた。

イヴァの機体が、ディーノの機体に近寄る。

拡声器やマイク越しではない、直接の会話をしようと、二人の距離が縮まった。

今だ! 

俺は、スイッチを押した。

可動式の床面が動き出す。

フィールド上の機動ロボたちは、自身のバランスをとるために、そのハイスペックな演算処理能力を分散させた。

わずかな時間、彼らの動きが止まる。

その瞬間、仲間たちが自分の体をぶつけた。

「バカね」

イヴァのため息が聞こえる。

人間に衝突された機体は、バランスを保ったまま静かにアームを下ろすと、足元にしがみついた人間を拾い上げた。

「これがスクールの警備ロボと、キャンプベースの機動ロボの違いよ。あなたたちがいつもからかって遊んでいたのが、どんなおもちゃだったか、よく分かったでしょ」

つまみ上げた人間を次々と運び出し、収監し終えると、再びフィールドに戻ってくる。

「さ、お仲間の数が半分に減ったわよ。まだ続ける気?」

ディーノが、標準を動き回るジャンの機体に合わせた。

ドンッという発射音と共に、撃ち落とされる。

「ジャン!」

落下する機体から、彼はふわりと地上に飛び降りた。

「悪いが、そろそろ勤務終了時刻が迫ってるんだ」

ディーノは機体から飛び降りると、その足でフィールドを蹴った。

俺が操作していないのに、床板が動きだす。

操作回路をとられた巨大迷路が、床下に消えた。

ディーノの体が、ジャンの目の前に飛び出す。

ジャンは手にしていた強制終了棒を振りかざした。

ディーノはそれを片腕で受け止めると、ジャンの下腹に強く拳を打ち込む。

「対人の喧嘩には慣れてないから、こうなっちゃうのは仕方ないよなぁ」

ふらつくジャンの前で、彼は指を鳴らした。

「人間同士が直接殴り合うなんて、信じられないだろ? だけどな、それをロボットに許すわけにはいかないってんで、最後は生身の人間が必要なんだよ」

ジャンは姿勢を立て直し、細く長い警棒を構える。

「人間同士で傷つけ合っていいなんて、習ってないもんな」

その警棒の先を、ディーノがつかんだ。

彼の長い足が、真横に飛ぶ。

「『子ども』は、あんまり見ない方がいい」

俺の目の前に、機動ロボが立ちふさがった。

アームが伸びる。

俺はその横をすり抜けて、走り出した。

それに伴走するかのように、半分の高さになった機動ロボがついてくる。

逃げ出した子どもを捕まえようとする大人のように、両腕を広げたロボットが、ゆっくりと近づいてくる。

そのロボットに抱きつくように、俺はしがみつく。

ロボットは俺たちを決して傷つけることのないよう、機能を停止して完全な受け身になる。

動きをとめたその隙に、俺はまた走り出し、ロボットたちも追いかけっこを再開する。

完璧なまでに、移動速度を一致させたロボットから、アームが伸びた。

「ヘラルド!」

ニールが何かをこちらへ突き飛ばした。

それは悲鳴をあげて地面に倒れる。

俺は彼女に駆け寄った。

「ルーシー!」

ルーシーを認識した機動ロボは、緊急停止信号を受けて、その動作を停止させる。

「ヘラルド、こっちだ」

ニールは倒れたルーシーの腕をつかむと、彼女を引きずりあげる。

「どこへ行くんだ」

「ジャンを助ける」

切れた口の端から血を流し、ジャンは人工芝の上にうずくまっていた。

その周囲を、ぐるりと機動ロボが取り囲む。

ディーノはその中心に立っていた。

ニールはルーシーを、背後から一体のロボットにぶつける。

ガクンという音を立てて、機能を停止したロボットは、ただの金属の塊と化した。

そのルーシーを、すぐに隣のロボットめがけて突き飛ばす。

「ルーシー!」

全てのロボットが、動きを止めた。

ニールが彼女の腕をつかむより早く、ディーノがその手を引き寄せる。

「何をやってる!」

ニールはそのまま、二人に体をぶつけた。

ルーシーを抱きかかえたディーノは、そのまま後方に突き飛ばされ、起立した巨大ロボにぶつかる。

傾いた機体は、隣のロボットに向かって倒れた。

「危ない!」

ディールは、ルーシーをロボットたちの外に投げ飛ばした。

うずくまったジャンの上に、一体の機体が影を落とす。

ディーノはその下にもぐり込むと、ロボットを支えた。

ニールが、ジャンを連れて外に出る。

そのディールの上に、さらにもう一体のロボットが倒れ込んだ。

物理的に、肉と骨の潰れる音が、脳内に響く。

水はけがよいはずのフィールドの上に、赤くねっとりとした液体が広がる。

空気中に広がったその成分に反応して、全てのロボットたちが緊急警報を鳴らした。

「ディーノ!」

イヴァの悲鳴が、フィールドに響く。

彼女の強拳が、ニールの顎を割った。

「やめろイヴァ! マスクをつけろ!」

天井付近から、ヴォウェンの声が聞こえる。

大きな作動音がして、競技場のエアコンが動き出した。

「鎮静ガスだ!」

甘いにおいが、気流に乗って流れ出す。

イヴァはディーノの体へ駆け寄り、俺たちはガスから逃げるように、競技場を後にした。