「なんだこれ? そんなことで、コイツらが動きを止めるのか?」

ニールは、動かなくなったキャンビーの残骸を受け取った。

「完全に機能を停止している」

キャンビーは破壊されたわけではない、一時的に、機能を全停止させたのだ。

「ルーシーは特別ってわけか?」

ニールが、彼女の腕をつかんだ。

ルーシーの手を、パソコンのキーボードに叩きつける。

そのコンピューターシステムは、押されたキーをランダムに写し出すのではなく、静かに動作を停止した。

「おもしれー、コイツが何か失敗しても大丈夫なように、最初っから自動停止する機能がプログラムされてやがる」

ニールが、ルーシーを見下ろした。

「わかったぞ! だからハンドリングロボのライド補助プログラムが、上手く作動しなかったんだ。俺がそれを補正しようと、ルーシーの機体の基本プログラムを書き換えようとして、全部弾かれたのは、このせいだったんだ」

ルーシーは、ニールの顔を見上げた。

「どうりで、あんな大げさな視察が来るわけだよ。たかだか一人の人間ために、ずいぶんと大胆な改変をしたもんだ」

ニールは、ルーシーの肩を抱き寄せた。

「待て、彼女をどうするつもりだ」

「えぇ? こんな便利な道具、初めて見たよ。俺が簡単に許されたのも、コイツがらみだったからなのかなぁ」

ニールが笑った。

「彼女を返せ!」

「イヤだね、こんな面白いキラープログラム、いつお前のものになった?」

彼は、ジャンと視線を合わせる。

「ジャン、これはチャンスだ、変化だよ」

「そいつがか?」

ジャンが、ルーシーを見下ろす。

ルーシーの名前は、かつて発掘された古代猿人の、遺骨につけられた名前からとったと聞いた。

「あぁ、そうだよ。この無意味な循環から、抜け出せるかもしれない」

彼は、不敵な笑みを浮かべた。

「中央管理システムのプログラムに沿って育てられた人間が、どういう育ち方をしたのか、今からキャンプベースの奴らに、教えてやるよ」

ニールが、ジャンの肩を叩く。

彼を見上げたまま、小さくうなずく。

ジャンの目がそれに応えるようにして、動いた。

ジャンは、歩き出した。

乱立したまま、微動だにしない警備ロボたちの間を、するすると簡単に通り抜けてゆく。

その後を、ルーシーをつかんだままのニールが歩き出す。

「ルーシー!」

彼女が振り返った。

スクールの警備ロボたちは、動こうとしない。

ルーシーを引き連れたまま、彼らは行ってしまった。

異変を察知して現れたロボットたちは、ルーシーの姿を見つけると、すぐに動作を一時停止させる。

彼女に危害を加えないようにという本部の配慮だったのか、ジャンたちは、そんなロボットたちを、いとも簡単に破壊し続けた。

本当に、このまま行ってしまうのか。

俺は、直ぐさま自分のキャンビーを作動させた。

「キャンプベースに緊急連絡! ルーシーが連れ去られた!」

「キャンプベースに緊急連絡、ルーシーが連れ去られた、と、連絡しました」

キャンビーの目のような表示ランプが、緑から赤に変わった。

この色は、キャンプベースの成人が解除しなければ元には戻らないし、解除されない限り緊急信号を発し続ける。

「ルーシーを助けに行こう!」

その言葉に、カズコとレオンはちょっと驚いたような顔をした。

「え? なんで?」

レオンは眉をしかめ、カズコは首をかしける。

「キャンプには連絡したよね」

キャンビーの目は、赤く点滅をくり返していた。

「いくらジャンだって、ルーシーを傷つけるようなことはしないと思うけど」

彼女は自分の席に戻った。

乱立する動かない警備ロボたちを横目に、腰掛けた椅子を机に引き寄せる。

「それに、もし何かあったとしても、どうせルーシーの遺伝情報はとってあるんだから、問題ないわ」

カズコは、自分のパソコンを起動させる。

「そんなことより、早く自分の課題を済ませないと、終了期日までに間に合わないの」

レオンは自分の得意としている、造形のための粘土をこね始めている。

「一緒にルーシーを取り戻そう、このままだと、大変なことになってしまう」

「大変なことって、具体的にどんなこと?」

具体的? 具体的に、何がどう大変になるんだろう。

「自分に説明できないことなんて、他人には決して理解されないわ」

カズコの、キーボードを叩く軽快な音が響く。

「私たちはここで、そういう訓練を受けて大人になるのよ。一時の感情に流されてはいけないって」

「安全を確認しました」

部屋にいたロボットたちが、動き始めた。

彼らはそれぞれの巡回ルートに戻っていく。

気がつけば、俺のキャンビーの目も、赤から緑に変わっている。

遠隔操作で、キャンプベース本部が確認した合図だ。

ジャンたちによって破壊されたロボットだけが、そこに取り残されている。

俺が今、やらないといけないことはなんだろう。

それはきっと、冷静になって考えないといけないことだ。

「だったら、いいよ」

俺は、ルーシーの後を追って部屋を飛び出した。

廊下には道しるべのように、点々と動かないロボットたちが並んでいる。

俺はそれを辿ってゆく。

彼らはスクール最上階、開閉式ドームの競技場へ向かっているようだった。

「ヘラルド、なにがあった? どうしたの?」

騒ぎを知ったスクールの人間が、次々に声をかけてくる。

面白がってジャンに合流しようとする者と、話を聞いただけで満足する者とが、半々だった。

「ルーシー!」

上階へ上がる通路、その俺の目の前で、シャッターが下りた。

先に進めるのは、ここまでが限界だった。