そらから数日が過ぎた頃だった。
突然、レオンがチームに戻ってきた。
俺は何と声をかけていいのかも分からず、何事もなかったかのように、いつものように自分のブースに戻った、彼の背中を見送った。
それはカズコも同じで、俺たちはこんな時に、人間に対してどう接していいのかが、全く分からなくなってしまう。
レオンにはレオン自身の気持ちもあるだろうし、触れて欲しくないかもしれないし、もしかしたら、自分で話すタイミングを計っているのかもしれない。
そんな彼の気持ちを、俺たちは決して知りようがないのだ。
彼の感情を推測するアプリケーションは、「やや緊張気味」とだけ表示されていて、そんな事はアプリに頼らなくても、俺にだって分かる。
カズコも同じような視線で、彼を見ていた。
遅れて部屋にやって来たルーシーが、レオンを見つけた。
彼女はレオンを見つけたとたん、迷わず彼に飛びつく。
「レオン! レオン!」
背中や肩をバシバシと叩き、大喜びではしゃぎまくるルーシーに、彼は照れたように笑った。
「うん、ただいまルーシー」
彼女は一言も「お帰り」だなんて言っていないのに、彼にはどうしてそれが通じたんだろう。
だけど、俺にも彼女がそう言っているような、そんな気がしたのは確かだ。
ルーシーが彼に飛びついてくれたおかげで、俺たちも彼に近づくきっかけを得られる。
「どうしてたの?」
カズコはレオンに尋ねた。
だけどそんな事は、本当はわざわざ聞かなくたって、カズコにも分かっている。
レオンはキャンプベースの保護施設に入って、更生プログラムを受けていただけだ。
「キャンプの、プログラムを受けてた」
彼は、照れくさそうにそう言った。
俺は彼のそばに立つ。
ちらりと見上げて、肩をすくめた彼は、なぜそれで満足げな顔をしているのだろう。
教室に、ジャンが飛び込んで来た。
「レオン、お前は帰ってこれたのか! ニールはどうなった?」
そう言われれば、ジャンだけがこうやって、他の人間に対する気遣いを持っているような気がする。
それがきっと、彼の持つリーダーシップとかカリスマ性とか言われるものなんだろう。
レオンは急にモジモジと小さくなって、言葉を濁した。
「もしかしたら、転校になるかもしれないって」
部屋の空気が、一気に凍りついた。
転校になるということは、今より格下のスクールに入れられるということだ。
より一層厳しい管理下におかれ、受ける課題もハードなものになる。
それは、この世界に生きる人間としての、資質を問われているということだ。
「なんでそうなるんだ、だったら俺も同罪だろ!」
ジャンが叫ぶ。
「ジャンに警告がつくレベルと、ニールについた今回の警告だと、ポイントに違いがあるんだよ」
「どう違うっていうんだ!」
それは、キャンプベース中央管理システムのAIが決めることであって、俺たちが決めることじゃない。
「また機械の自動判定か!」
「だけど、その基準を作ったのは、俺たち人間であって、大人たちだ。AIはそれに従っているだけなんだから、そこに文句を言うのは間違っている」
「その規準がおかしいと思ったことはないのか? どうして俺はその規準に反して許されて、あいつは許されないんだ」
ジャンが許された規準は、明確にされている。長年蓄積されてきたヒトの行動パターンから、将来の危険性を予測したデータに、彼が反していないからだ。
だけどニールは……。
「ジャン、今ここで君がどれだけ怒ったって、感情に出したって、何も変わらないのは分かってるじゃないか。大切なのは、ちゃんとしたルールの上で戦うことだ。俺たちは、それを今、学んでるんだ」
扉が開いた。現れたのはニールだった。
「ニール!」
みんなの視線が、一斉に彼に駆け寄る。
「よかったじゃないか、無事に帰ってこれたんだな!」
「あんまり、めでたくはないけどな」
彼の後ろには、俺やルーシーが使っているのと同じ、汎用型球状のキャンビーが付き添っていた。
「おまけつきだ」
新しいニールのキャンビーが、くるくるとカメラを回して俺たちを画像認証をしている。ジャンは、それでも収まらなかった。
「こんなものをつけられるくらいなら、転校した方がマシだ!」
ジャンは強制終了棒を取りだし、それを振り上げた。
「何やってんだ!」
俺はキャンビーをかばって、とっさにそれを受け止める。
腕に鈍い痛みが響く。
「ジャンがそれを壊したら、ジャンだけじゃなくて、ニールにまで迷惑がかかるんだぞ!」
「ニールは、コイツにつきまとわれてて、いいのかよ」
ジャンがふり向いたら、彼はにやりと笑った。
「ほしくないよね」
ジャンが再び、棒を振り上げる。
「やめろ!」
危険を察知したニールのキャンビーが、ふわりと回避行動をとった。
俺はその前に立ちふさがる。
「どけ!」
ジャンは俺を押しのけ、突き飛ばされた俺は、ニールにぶつかった。
とたんにキャンビーが警告音を発する。
「落ち着いて行動して下さい。この現場は、キャンプベース中央管理システムによって、監視されています」
警報を受けて、部屋にはすぐに保安警備ロボが駆けつけた。
ニールは、ジャンに突き飛ばされた俺の下敷きになっている。
「すぐにそこから離れて下さい」
俺を助け起こそうとした警備ロボから、補助アームが下りて来た。
「だめ!」
そのアームに、ルーシーが飛びつく。
「定点カメラによる、状況分析のかいしを……」
ロボットが、緊急停止した。
彼女はきっと、俺がロボットに捕まり、連れて行かれるとでも思ったのだろう。
だが、今回は違う。
このロボットは、俺を助けようとしていたんだ。
「ルーシー、大丈夫だよ、このロボットは敵じゃない」
俺は、そこから立ち上がった。
その瞬間、ジャンの強制終了棒が、警備ロボに振り下ろされる。
身動き一つせず棒に触れたロボットは、電圧を吸収されて動きを止めた。
「ジャン!」
おかしい。
このロボットたちは、いつもと様子が違う。
いつもこいつら相手におもちゃにしてふざけている、その時と何かが違う。
異常を察知したロボットたちが、部屋に押し寄せた。
両手を広げ、立ちふさがったルーシーに、彼らは動作を停止する。
ロボットたちの動きがおかしい。
そう俺が気づくのと同時に、ジャンの眉がピクリとあがった。
「ルーシー、こっちへ来てみろ」
彼は、彼女の腕をつかむと、強く引いた。
ニールの周りで飛んでいるキャンビーを捕まえると、それをルーシーに近づける。
キャンプベースから更正対象者用に付属された、特殊なキャンビーが、その機能を停止した。
突然、レオンがチームに戻ってきた。
俺は何と声をかけていいのかも分からず、何事もなかったかのように、いつものように自分のブースに戻った、彼の背中を見送った。
それはカズコも同じで、俺たちはこんな時に、人間に対してどう接していいのかが、全く分からなくなってしまう。
レオンにはレオン自身の気持ちもあるだろうし、触れて欲しくないかもしれないし、もしかしたら、自分で話すタイミングを計っているのかもしれない。
そんな彼の気持ちを、俺たちは決して知りようがないのだ。
彼の感情を推測するアプリケーションは、「やや緊張気味」とだけ表示されていて、そんな事はアプリに頼らなくても、俺にだって分かる。
カズコも同じような視線で、彼を見ていた。
遅れて部屋にやって来たルーシーが、レオンを見つけた。
彼女はレオンを見つけたとたん、迷わず彼に飛びつく。
「レオン! レオン!」
背中や肩をバシバシと叩き、大喜びではしゃぎまくるルーシーに、彼は照れたように笑った。
「うん、ただいまルーシー」
彼女は一言も「お帰り」だなんて言っていないのに、彼にはどうしてそれが通じたんだろう。
だけど、俺にも彼女がそう言っているような、そんな気がしたのは確かだ。
ルーシーが彼に飛びついてくれたおかげで、俺たちも彼に近づくきっかけを得られる。
「どうしてたの?」
カズコはレオンに尋ねた。
だけどそんな事は、本当はわざわざ聞かなくたって、カズコにも分かっている。
レオンはキャンプベースの保護施設に入って、更生プログラムを受けていただけだ。
「キャンプの、プログラムを受けてた」
彼は、照れくさそうにそう言った。
俺は彼のそばに立つ。
ちらりと見上げて、肩をすくめた彼は、なぜそれで満足げな顔をしているのだろう。
教室に、ジャンが飛び込んで来た。
「レオン、お前は帰ってこれたのか! ニールはどうなった?」
そう言われれば、ジャンだけがこうやって、他の人間に対する気遣いを持っているような気がする。
それがきっと、彼の持つリーダーシップとかカリスマ性とか言われるものなんだろう。
レオンは急にモジモジと小さくなって、言葉を濁した。
「もしかしたら、転校になるかもしれないって」
部屋の空気が、一気に凍りついた。
転校になるということは、今より格下のスクールに入れられるということだ。
より一層厳しい管理下におかれ、受ける課題もハードなものになる。
それは、この世界に生きる人間としての、資質を問われているということだ。
「なんでそうなるんだ、だったら俺も同罪だろ!」
ジャンが叫ぶ。
「ジャンに警告がつくレベルと、ニールについた今回の警告だと、ポイントに違いがあるんだよ」
「どう違うっていうんだ!」
それは、キャンプベース中央管理システムのAIが決めることであって、俺たちが決めることじゃない。
「また機械の自動判定か!」
「だけど、その基準を作ったのは、俺たち人間であって、大人たちだ。AIはそれに従っているだけなんだから、そこに文句を言うのは間違っている」
「その規準がおかしいと思ったことはないのか? どうして俺はその規準に反して許されて、あいつは許されないんだ」
ジャンが許された規準は、明確にされている。長年蓄積されてきたヒトの行動パターンから、将来の危険性を予測したデータに、彼が反していないからだ。
だけどニールは……。
「ジャン、今ここで君がどれだけ怒ったって、感情に出したって、何も変わらないのは分かってるじゃないか。大切なのは、ちゃんとしたルールの上で戦うことだ。俺たちは、それを今、学んでるんだ」
扉が開いた。現れたのはニールだった。
「ニール!」
みんなの視線が、一斉に彼に駆け寄る。
「よかったじゃないか、無事に帰ってこれたんだな!」
「あんまり、めでたくはないけどな」
彼の後ろには、俺やルーシーが使っているのと同じ、汎用型球状のキャンビーが付き添っていた。
「おまけつきだ」
新しいニールのキャンビーが、くるくるとカメラを回して俺たちを画像認証をしている。ジャンは、それでも収まらなかった。
「こんなものをつけられるくらいなら、転校した方がマシだ!」
ジャンは強制終了棒を取りだし、それを振り上げた。
「何やってんだ!」
俺はキャンビーをかばって、とっさにそれを受け止める。
腕に鈍い痛みが響く。
「ジャンがそれを壊したら、ジャンだけじゃなくて、ニールにまで迷惑がかかるんだぞ!」
「ニールは、コイツにつきまとわれてて、いいのかよ」
ジャンがふり向いたら、彼はにやりと笑った。
「ほしくないよね」
ジャンが再び、棒を振り上げる。
「やめろ!」
危険を察知したニールのキャンビーが、ふわりと回避行動をとった。
俺はその前に立ちふさがる。
「どけ!」
ジャンは俺を押しのけ、突き飛ばされた俺は、ニールにぶつかった。
とたんにキャンビーが警告音を発する。
「落ち着いて行動して下さい。この現場は、キャンプベース中央管理システムによって、監視されています」
警報を受けて、部屋にはすぐに保安警備ロボが駆けつけた。
ニールは、ジャンに突き飛ばされた俺の下敷きになっている。
「すぐにそこから離れて下さい」
俺を助け起こそうとした警備ロボから、補助アームが下りて来た。
「だめ!」
そのアームに、ルーシーが飛びつく。
「定点カメラによる、状況分析のかいしを……」
ロボットが、緊急停止した。
彼女はきっと、俺がロボットに捕まり、連れて行かれるとでも思ったのだろう。
だが、今回は違う。
このロボットは、俺を助けようとしていたんだ。
「ルーシー、大丈夫だよ、このロボットは敵じゃない」
俺は、そこから立ち上がった。
その瞬間、ジャンの強制終了棒が、警備ロボに振り下ろされる。
身動き一つせず棒に触れたロボットは、電圧を吸収されて動きを止めた。
「ジャン!」
おかしい。
このロボットたちは、いつもと様子が違う。
いつもこいつら相手におもちゃにしてふざけている、その時と何かが違う。
異常を察知したロボットたちが、部屋に押し寄せた。
両手を広げ、立ちふさがったルーシーに、彼らは動作を停止する。
ロボットたちの動きがおかしい。
そう俺が気づくのと同時に、ジャンの眉がピクリとあがった。
「ルーシー、こっちへ来てみろ」
彼は、彼女の腕をつかむと、強く引いた。
ニールの周りで飛んでいるキャンビーを捕まえると、それをルーシーに近づける。
キャンプベースから更正対象者用に付属された、特殊なキャンビーが、その機能を停止した。