その日、スクールの前は、ちょっとした騒動になっていた。

キャンプベースの大型の輸送車が3台と、その周囲を小型の機動ロボ複数体が取り囲む。

車から降りてきたのは、鍛え上げられた筋肉を持つ、くせのある金髪の男だった。

登録された使用者にしか反応しない、2mを越すヒューマノイド型の大型機動ロボを連れている。

コイツらは『偉い人』だ。

チームの使用する部屋に入って、ようやくあの大がかりな集団の謎が解けた。

キャンプベースの、スクールへの定期訪問だ。

ニールたちが搬送されてから、数日が経過していた。

「あんな大げさな視察って、今までにあったっけ?」

俺がそう言うと、カズコは自分のレポートを書きながら答えた。

「少なくとも、私がここに来てからはないわ。最近色々あったから、じゃない?」

確かに、ごちゃごちゃとした小さないざこざは、以前から絶えなかったが、ここ最近のは大がかりなものがいくつかあった。

単にスクールに所属する人間同士の衝突じゃない、管理システムへの挑戦だ。

そのおかげで、今ここにニールとレオンがいない。

校内の定点カメラをチェックする。

彼らご一行は、施設の外周を回り始めたばかりだ。

来ている人間は、黒髪の目の細い男と、金髪の美女、さっき見た筋肉質な男の3人。

以前にも見たことのある風景、ルーシーが海岸に漂着した時と、全く同じメンバーだ。

「基地の現役役員さんも、大変だね」

俺は、深く息を吐き出す。

このエリアで起こった大事件のおかげで、地区を管轄する人間は、判断を機械任せだけに出来なくなった。

部屋の扉が開く。

真っ先に飛び込んで来たのは、長い金髪の女性だった。

「ルーシー!」

ルーシーにとっては予想外の訪問だったらしく、彼女はそのまま女性の首に飛びついた。

「ルーシー、元気にしてた? あなたが嵐に巻き込まれたって聞いた時は、本当に心配したのよ」

ルーシーは彼女の頬に手を当て、額を合わせる。

「ルーシーの無事はちゃんと確認したってのに、会いたい会いたいの一点張りでさ、結局イヴァのわがままに、ヴォウェンが押し切られちまったな」

そう言った金髪の男にも、ルーシーは飛びついた。

「あら、でもディーノだって、会いたかったでしょ?」

ディーノと呼ばれた男は、ルーシーを子犬のように抱き上げる。

「あぁ、会いたかったよ、お嬢ちゃん」

そのまま腕に腰掛けさせるような格好で、軽々とルーシーを抱き上げた。

体つきといい、間違いなくアスリート種の血が入っている。

ルーシーがこんなにもはしゃいでいる姿を、俺は初めて見たかもしれない。

「このスクールに、きちんとした視察が長く入っていなかっただけのことだ。何か特別に恣意的な実状があったわけではない」

「だってよ、お嬢ちゃん。ヴォウェンに感謝しな」

ディーノはルーシーをそっと床に下ろした。

彼女はヴォウェンと呼ばれた男の前に立つ。

「ここにはなじめたようだな、ルーシー」

彼が手を差し出すと、ルーシーは嬉しそうにその手を握り返した。

この男のことは覚えている。

嵐の後、外出禁止命令を無視して外に飛び出したジャンの、制裁を解いた男だ。

「ヴォウェンも、ルーシーにはメロメロだな」

ディーノとイヴァが笑った。

ヴォウェンと呼ばれた男は、顔色一つ変えずにそれらの言葉を受け流す。

「学習の進行状況が遅れている。ルーシー、まともにスクールの受講もしていないじゃないか。何に行き詰まっている、何が問題だ」

そう言った彼に向かって、ルーシーはそっとささやいた。

「ヴォウェン、すき、だいじょうぶ」

彼女は、一生懸命に身振り手振りを加えて、何かを彼に伝えようとしていた。

「がくしゅう、する。やる」

ヴォウェンはその言葉に背筋を伸ばすと、腕を組み、大きく一つだけうなずいた

。イヴァがルーシーに駆け寄る。

「すごいじゃない、ルーシー! いつの間に、そんなにしゃべれるようになったの?」

彼女は得意げな顔をちらりと見せる。

ヴォウェンの満足げな様子に、ディーノは大声で笑った。

ルーシーはイヴァとディーノに促され、自分のひどく散らかったブースに二人を連れて行く。

そこで二人から、彼女の言葉の発達を促すような声かけを受け、それに応えるように、会話にならない会話を続けている。

俺はそんな様子を見守る、ヴォウェンに声をかけた。

「あ、あの、一つお伺いしてもいいですか?」

彼の視線がこちらに向いたことに、俺は恐る恐る続ける。

「どうしてルーシーは、このチームの配属に決まったのですか?」

「キャンプベースの中央管理システムが決定した」

俺はその答えに、一瞬だけ息を止める。

「キャンプベースのAIが決めた。それだけだ」

彼はそう言うと、一歩だけ前に踏み出した。

「時間だ。そろそろ他も見て回らないと」

「じゃあ、ルーシーも一緒に行こうぜ。それくらいならいいだろ?」

「すきにしろ」

ヴォウェンが先に部屋を出て行く。

ディーノに手を引かれて、幼い子供のようなルーシーが、一緒に出て行ってしまった。

「じゃ、少しだけルーシーを借りていくわね」

イヴァも急いで後を追う。

3人と1人が出て行って、俺はようやく、聞かなければいけなかったもう一つのことを思い出した。

「ニールとレオンの処分は、どうなったのかしら」

カズコがぼそりとつぶやいた。

「まぁ、私にはあまり関係ない話だけど。長引くなら、早く次のチームメートを送ってくれないと困るのよね。コミュニケーション課題の、チームワークが進まないわ」

ジャンの累積警告を取り消す権限を持った人たちだ。

ニールやレオンに関する処分の決定権も、経過も知っているはずだ。

それも聞いておこうと、部屋を飛び出し、追いかけようとした俺に、カズコは言った。

「どうしたのヘラルド、自分のことじゃないのに、そんなに気にするなんて、珍しいわね」

そっとうつむきながら、彼女は背を向ける。

そんな彼女を後にして、俺はルーシーたちの後を追った。

登録されている使用者の指示がない限り、絶対に動かないし、基本的に安全無害だと分かっていても、高い戦闘能力を持つ機動ロボの存在は、圧倒的な威圧感がある。

そんなロボットたちと、中央管理システムを超越する権限を持つ、キャンプベースの役員たちに囲まれて、ルーシーは上機嫌だった。

他のスクール生達は、このイレギュラーな視察団に、恐れをなしている。

彼らを見かけた人間は、背を向けるか、賞賛と憧れの眼差しを向けるかの、どちらかだ。

行列の最後尾に付いた俺は、どのタイミングで声をかけようかと、その機会をうかがっていた。

「先日は特別な配慮をしていただき、ありがとうございました」

そこに現れたのは、ジャンだった。

「厳格なルール適用で運営されている、キャンプベースにしては、異例の措置だったのではないのですか?」

その言葉に、ヴォウェンが立ち止まる。

「君の発揮するリーダーシップは、評価しているつもりだ。ただ、そのコントロールに問題がある。上に立とうとするならば、より一層の自己管理能力が必要だ」

ヴォウェンは、退屈そうに首を左右に傾ける。

「どうも君は、それが苦手なようだ」

「例外が認められるなら、システムによる画一的な自動判定なんか、必要ないでしょう」

「効率の問題だよ、公平性と時間短縮、利便性、誰にも納得のいく、文句のつけようのない判断だ」

ヴォウェンは本当に飽き飽きしたように、ため息をついた。

「それでもシステムで判定出来ない膨大な事例を、我々は毎日処理している。そういうことは、スクールで君は習わなかったのかな?」

ジャンはたった1人で、機動ロボに囲まれている。

キャンプベースから成人判定され、スクールを卒業した『大人』たちが見下ろす前に立つ。

「思い通りにならない世の中というのは、自分が自分の思い通りになっていないだけだ。人類は、生物としての本能に従って生きるのではなく、人間としての倫理と哲学に従って生きると決意した」

ヴォウェンは、ジャンの真横を通り抜けた。

彼らにとっては、聞き飽きた質問に答え飽きた返答かもしれないが、俺たちにとっては、これが初めての質問だ。

このまま、彼らがスクールを去ってしまったら、次にいつ見られるのかも、分からない。

「ニールは! レオンと、ニールは今、どこでどうしているんですか?」

俺は、その背中に向かって叫ぶ。

ヴォウェンはちらりとこちらを振り返っただけで、それ以上の反応は返してくれない。

「『いつも通り』、の、処分だ、分かるだろ?」

ディーノが俺の肩に手を置いた。

しかしそれは、すぐにそこを離れてしまう。

「俺は反対したんだよ、ルーシーを助けたことと、外出禁止を破ったことは、別に考えるべきだって。だけど君は、その特別ルールに、助けられたんじゃないか」

ジャンの隣を、ディーノも通り過ぎてゆく。

ジャンは、奥歯を噛みしめた。

「ルーシーをよろしくね」

イヴァはこちらを振り返って、にっこり微笑み手を振ってから、背を向ける。

「君たちも、早くここを卒業して『大人』になりなさい」

最後にディーノがそう言って、視察団はスクールを後にした。