教室から見える景色はもうすっかり夏色だ。
緑が生い茂る校庭の木は風に揺られている。
それを昼休みの間眺めていた。
「あの日から一か月経ったんだ……」
 誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

「三咲さん」
 私の後ろで私の苗字を呼ぶ声がする。
呼ばれた私はおどおどしながら、振り返る。
そこにはあまりクラスでは目立たないがいつも決まった三人組がいた。
「三咲さんとこないだいた金髪の人って三咲さんの彼氏なの?」
「いや、彼氏ではない。ただのお友達」
「そうなの?あんなイケメンとどこで知り合えるの?」
 最初の質問はここ一か月近くいろんな人から聞かれてきた。
だが、次の質問に少し困った。
本当の事を話したら、この人たちは私の事をどう思うのだろうか。

 「近所に引っ越してきた人で……」
 私は嘘をつく。まだ幼馴染の家に住んでいる事は誰にも言っていない私にはつきやすい嘘だったのかもしれない。
「いいな。私もあんなイケメンと出会いたい」
 笑ってごまかす私に彼女たちはどんどん近づいてくる。
「三咲さんはあのイケメンの事、好きじゃないの?」
 私の心臓は急に大きく鼓動した。
「わからない……」
 何言ってるんだろう私は。
彼女たちは目をキラキラさせながら質問を重ねてくる。
でも私はその後、ごまかした笑いでその場を乗り切った。

 私には好きという感情がわからない。今まで人と接してこなかったから。
でも朝陽さんといると楽しくて笑顔になれる。
見ているだけで声を聞いているだけで嬉しい。
これが恋心だとしたら、私たちの関係はどうなっていくのだろう。

 その日も商店街を曲がって、いつもの場所で待つ。
数分後に金髪姿の朝陽さんがこちらに手を振りながら歩いてきた。
「お待たせ、梨沙ちゃん」
 その顔を見て私はドキッとした。
いつも見慣れた朝陽さんの顔なのに……
「今日はどこに行きますか?」
 私は朝陽さんとは目を合わせなかった。
すると、朝陽さんは私の手を急に握り、真剣な顔つきで言う。
「俺の家に来ない?」

 緊張して言葉も出ない行きの道。
急に家だなんてどうかしたのだろうか。
それでも緊張の方が勝っていた。

 着くと、そこは小さなアパートだった。
部屋に着くと、今までかすかにしか感じなかった朝陽さんの匂いが鼻に飛び込んでくる。
「何がいい?飲み物」
「何でも大丈夫です」
 朝陽さんの落ち着いた声に私は少し鼓動を落ち着かせた。

 オレンジジュースを出された私の横に朝陽さんが座る。
どちらも小さなちゃぶ台の前に小さく座ると、口を閉ざした。
「朝陽さんってオレンジジュース好きなんですか?」
「え?」
「前、一番最初に出かけた時もオレンジジュースでしたし」
「俺、カフェインの入ってるもの好きじゃなくて」
 朝陽さんの知らない部分を知っていくうちに自分が朝陽さんにハマっていくのを感じる。

「そういえば、朝陽さんってモテなかったんですか?今、学校の人が朝陽さんのことイケメンだって私に言ってきます」
 ちょっと笑い気味に言うと、朝陽さんは真剣な顔つきでこちらを向く。
「梨沙ちゃんは俺の事、どう思うの?」
 目を泳がせて言葉を探す私を見て朝陽さんはまたいつもの笑顔に戻った。
「困らせちゃったならごめんね」
 朝陽さんが軽く頭に手をのせた時、私はあることに気付く。
「そんなことないです。朝陽さんは私にとってすごく大切な存在ですし、最初はちょっと怖いなとか思ってたんですけど、でも今は全然むしろ優しくて私を笑顔にしてくれます」
 言い終わった後、顔が真っ赤になるのを感じてうつむいた。
すると、朝陽さんが私に近づき、軽くおでこにキスをした。
「え?」
 朝陽さんの顔を見ると、私以上にきっと赤いのではないかと思った。
「朝陽さん、今のって……」
 目を見開く私に朝陽さんはポケットから何か取り出し、手を握ってすぐに離した。
離した手を見ると、そこには鍵が乗っていた。
「いつでも来てほしい。なんだったら迎えに行く。梨沙ちゃんに何かあったらすぐにかけつけるし、梨沙ちゃんの笑顔見るためだったらなんだってする」
 朝陽さんがもう一度手を握る。
「俺、梨沙ちゃんが好きだよ」
 私と朝陽さんの目が合った時確信した。

これが恋なんだと……

 私は思わず微笑んだ。
「幸せっていつ来るかわからないものなんですね」
「え?」
「私も好きです。朝陽さんのこと……」
 その瞬間、朝陽さんは私を抱きしめた。
温かい温もりを感じたのは久しぶりで、こんなにも幸せな時間が訪れたのは嬉しい事だった。
その後も私たちはいろんな事を話し続けた。
お互いの温もりを感じながら……

 幸せだった。こんな時間が続けばいいのに。
そう思えていたのも、つかの間だった……