目の前に大量の冊子やノートが置かれている。
「これは私の仕事じゃないのに……」
一言、今にも消えそうな声で呟くが、誰もいない教室には何も届かない。
今日も日直の当番や、それぞれの係の仕事を用事があるからと任されている。
みんなただ遊んでいるだけなんだろうけど……
目の前の学級日誌があと何行かで終わるのに対して、指が全く動かない。
毎日同じことをしているような気分で書く事も同じになってくる。
仕方なくまた同じことを書こうとしてまた指を止めた。
―辛い時には連絡して―
朝陽さんの言葉を思い出した私。
「そういえばまだ返信してなかったな」
私は鞄から携帯を出すと、朝陽さんのメールに返信を打つ。
「でもやっぱり……」
戸惑う私の頭には朝陽さんの笑顔が浮かぶ。
そして、送信ボタンを押した。
クラスの仕事を終えても朝陽さんから連絡はなかった。
「やっぱりあれっきりか……」
先日のカフェの時にもう終わりだろうと感じていた私。
それが今になって頼ってももう遅いと思っていた。
昇降口で靴を履いていると、何やら騒がしい。
そこには私に仕事を任せたクラスのトップ組の女子たちがまとまっていた。
「ねーなにあのイケメン。金髪だけどめっちゃかっこいい。うちの生徒じゃないし、誰かの彼氏?」
金髪という言葉に私は目を見開いた。
昇降口をふさいでいる彼女たちを押しのけて私は走って校門へと向かった。
彼女たちの声は私の耳には届かなかった。
校門に行くと、そこには確かに金髪の青年が立っている。
ゆっくり近づくと、こちらの気配に気づいたのかその青年は顔を上げた。
「朝陽さん」
彼女たちがイケメンだと騒いでいたのは朝陽さんの事だった。
「梨沙ちゃん、お帰り」
「どうして……」
すると、朝陽さんはまた私に笑顔を見せる。
「俺、前ここに通ってたから制服見た時、ここの生徒だって分かった」
「それもそうですけど、どうして来てくれたんですか?」
「だって、梨沙ちゃん、辛かったから連絡してくれたんでしょ?」
私は朝陽さんを見つめた。
なんでまだ知り合ったばかりの私にここまでしてくれるんだろう……
「それより場所変えよう。近くのショッピングモールなんかどう?」
「はい」
私と朝陽さんはショッピングモールまで歩いて向かった。
その途中朝陽さんはやっぱりどこか慣れない対応で必死に私に話しかけてくれた。
どうしてなのか分からない。
でも悪い人ではない。そう心から思えるようになった。
ショッピングモールに着くと、朝陽さんはゲームセンターに向かった。
「梨沙ちゃん、どんなのが好きなの?」
「え」
「可愛いものとか、あとはなんかのキャラクターとか」
好きなものなんてここ最近考えた事なかった私はとっさに目の前にあるピンクのウサギのぬいぐるみを指さした。
「あんな感じのが好きです」
「オッケー」
朝陽さんは私の頭に軽く手をのせると、笑ってそのぬいぐるみの入っている機械の前に立った。
初めて見た。朝陽さんがあんなに生き生きとしている姿を。
朝陽さんは慣れた手つきでぬいぐるみを取り出し口に落とした。
「すごい……」
「俺、こういうの得意なんだよね」
「よくやってたんですか?」
「まあ、そんなとこ」
朝陽さんが私に渡したピンクのウサギのぬいぐるみを見ると、とても可愛らしかった。
「やっと笑った」
「え?」
気が付くと私の口角は無意識に上がっていた。
「そっちの方が可愛いよ」
朝陽さんの言葉に照れを隠すように私は後ろを向いた。
フードコートに移動すると、私たちの間に今までと違った雰囲気が流れた。
他の誰かとは違う。優しい時間を作ってくれる朝陽さんに心を開く自分もいた。
楽しいとまで思うほどだった。
「梨沙ちゃんが笑った顔見せてくれてよかった」
朝陽さんの言葉は安心を隠しきれていないそんなトーンだった。
そのせいか今まで自分の事を話そうとしなかった私が口を開いた。
「私、家族も友達もいないんです」
朝陽さんの顔が真剣になったのに気づき、目をそらす。
「一人っ子で話が下手で友達作りとかになるといつも逃げてばっかりで。両親に頼ってた時期に、両親が事故で亡くなって。母方の祖父に預けられても、お互い無口なばっかりに上手くいかなくて。幼馴染の家に今は住ませてもらってるんです」
朝陽さんはじっと私の目を見つめた。何も言わずにただ黙って。
「クラス替えとか近づくといつも体調崩してばかりでそれでいじめられてた時もありました。だからって言い訳にはならないけど、でも……」
「梨沙ちゃん」
口を閉じていた朝陽さんが私の名前を呼びながら、手をそっと握る。
「泣いていいんだよ」
その瞬間だった。両親が亡くなった時以来流していなかった涙がようやく解き放たれたように流れ出た。
朝陽さんはその後も何も言わずに話を聞いてくれた。
優しい手の温もりを貸しながら。
帰り道、またいつもの商店街の中で私たちは立ち止まる。
「朝陽さん」
「ん?」
「これから連絡をしていってもいいですか?」
私の言葉に朝陽さんは笑って頷いた。
「ただいま」
「梨沙」
家に帰ると初めて啓紀がお帰りを言わなかった。
「今日誰といたの?」
私の心臓の鼓動が早くなる。
「誰って?本屋に立ち寄ったから遅くなっただけだよ」
私はとっさに嘘をつく。
啓紀は昔から心配性だ。このことを言ったらまた心配する。
「そっか」
私は複雑な思いを抱えながら、部屋に向かう。
ご飯を食べ終わると、今日朝陽さんに聞いた電話番号にかける。
「もしもし」
「もしもし、梨沙ちゃん?」
「はいそうです。今日はありがとうございました」
私の耳に朝陽さんの声が届いてくるのが心地よかった。
気付けば私は携帯を片手に寝てしまっていた。
遠くで朝陽さんの声がするのが嬉しかった。
「これは私の仕事じゃないのに……」
一言、今にも消えそうな声で呟くが、誰もいない教室には何も届かない。
今日も日直の当番や、それぞれの係の仕事を用事があるからと任されている。
みんなただ遊んでいるだけなんだろうけど……
目の前の学級日誌があと何行かで終わるのに対して、指が全く動かない。
毎日同じことをしているような気分で書く事も同じになってくる。
仕方なくまた同じことを書こうとしてまた指を止めた。
―辛い時には連絡して―
朝陽さんの言葉を思い出した私。
「そういえばまだ返信してなかったな」
私は鞄から携帯を出すと、朝陽さんのメールに返信を打つ。
「でもやっぱり……」
戸惑う私の頭には朝陽さんの笑顔が浮かぶ。
そして、送信ボタンを押した。
クラスの仕事を終えても朝陽さんから連絡はなかった。
「やっぱりあれっきりか……」
先日のカフェの時にもう終わりだろうと感じていた私。
それが今になって頼ってももう遅いと思っていた。
昇降口で靴を履いていると、何やら騒がしい。
そこには私に仕事を任せたクラスのトップ組の女子たちがまとまっていた。
「ねーなにあのイケメン。金髪だけどめっちゃかっこいい。うちの生徒じゃないし、誰かの彼氏?」
金髪という言葉に私は目を見開いた。
昇降口をふさいでいる彼女たちを押しのけて私は走って校門へと向かった。
彼女たちの声は私の耳には届かなかった。
校門に行くと、そこには確かに金髪の青年が立っている。
ゆっくり近づくと、こちらの気配に気づいたのかその青年は顔を上げた。
「朝陽さん」
彼女たちがイケメンだと騒いでいたのは朝陽さんの事だった。
「梨沙ちゃん、お帰り」
「どうして……」
すると、朝陽さんはまた私に笑顔を見せる。
「俺、前ここに通ってたから制服見た時、ここの生徒だって分かった」
「それもそうですけど、どうして来てくれたんですか?」
「だって、梨沙ちゃん、辛かったから連絡してくれたんでしょ?」
私は朝陽さんを見つめた。
なんでまだ知り合ったばかりの私にここまでしてくれるんだろう……
「それより場所変えよう。近くのショッピングモールなんかどう?」
「はい」
私と朝陽さんはショッピングモールまで歩いて向かった。
その途中朝陽さんはやっぱりどこか慣れない対応で必死に私に話しかけてくれた。
どうしてなのか分からない。
でも悪い人ではない。そう心から思えるようになった。
ショッピングモールに着くと、朝陽さんはゲームセンターに向かった。
「梨沙ちゃん、どんなのが好きなの?」
「え」
「可愛いものとか、あとはなんかのキャラクターとか」
好きなものなんてここ最近考えた事なかった私はとっさに目の前にあるピンクのウサギのぬいぐるみを指さした。
「あんな感じのが好きです」
「オッケー」
朝陽さんは私の頭に軽く手をのせると、笑ってそのぬいぐるみの入っている機械の前に立った。
初めて見た。朝陽さんがあんなに生き生きとしている姿を。
朝陽さんは慣れた手つきでぬいぐるみを取り出し口に落とした。
「すごい……」
「俺、こういうの得意なんだよね」
「よくやってたんですか?」
「まあ、そんなとこ」
朝陽さんが私に渡したピンクのウサギのぬいぐるみを見ると、とても可愛らしかった。
「やっと笑った」
「え?」
気が付くと私の口角は無意識に上がっていた。
「そっちの方が可愛いよ」
朝陽さんの言葉に照れを隠すように私は後ろを向いた。
フードコートに移動すると、私たちの間に今までと違った雰囲気が流れた。
他の誰かとは違う。優しい時間を作ってくれる朝陽さんに心を開く自分もいた。
楽しいとまで思うほどだった。
「梨沙ちゃんが笑った顔見せてくれてよかった」
朝陽さんの言葉は安心を隠しきれていないそんなトーンだった。
そのせいか今まで自分の事を話そうとしなかった私が口を開いた。
「私、家族も友達もいないんです」
朝陽さんの顔が真剣になったのに気づき、目をそらす。
「一人っ子で話が下手で友達作りとかになるといつも逃げてばっかりで。両親に頼ってた時期に、両親が事故で亡くなって。母方の祖父に預けられても、お互い無口なばっかりに上手くいかなくて。幼馴染の家に今は住ませてもらってるんです」
朝陽さんはじっと私の目を見つめた。何も言わずにただ黙って。
「クラス替えとか近づくといつも体調崩してばかりでそれでいじめられてた時もありました。だからって言い訳にはならないけど、でも……」
「梨沙ちゃん」
口を閉じていた朝陽さんが私の名前を呼びながら、手をそっと握る。
「泣いていいんだよ」
その瞬間だった。両親が亡くなった時以来流していなかった涙がようやく解き放たれたように流れ出た。
朝陽さんはその後も何も言わずに話を聞いてくれた。
優しい手の温もりを貸しながら。
帰り道、またいつもの商店街の中で私たちは立ち止まる。
「朝陽さん」
「ん?」
「これから連絡をしていってもいいですか?」
私の言葉に朝陽さんは笑って頷いた。
「ただいま」
「梨沙」
家に帰ると初めて啓紀がお帰りを言わなかった。
「今日誰といたの?」
私の心臓の鼓動が早くなる。
「誰って?本屋に立ち寄ったから遅くなっただけだよ」
私はとっさに嘘をつく。
啓紀は昔から心配性だ。このことを言ったらまた心配する。
「そっか」
私は複雑な思いを抱えながら、部屋に向かう。
ご飯を食べ終わると、今日朝陽さんに聞いた電話番号にかける。
「もしもし」
「もしもし、梨沙ちゃん?」
「はいそうです。今日はありがとうございました」
私の耳に朝陽さんの声が届いてくるのが心地よかった。
気付けば私は携帯を片手に寝てしまっていた。
遠くで朝陽さんの声がするのが嬉しかった。