朝陽の笑顔が目に浮かぶ。
「行かないで」
遠くなるその笑顔に私は心で叫んでいた。

 遠くで朝陽の声がする。
でも、その声は苦しそうな声だった。
目を覚ますと、朝陽がベッドで苦しんでいた。
そして、私の声も届かなくなった……

 医者から告げられた。
「もうこのまま目を覚まさないかもしれない」
 朝陽の周りに機械が並べられて、朝陽は眠ったまま。
私はずっと朝陽の手を握り続けた。
でも、朝陽は起きてはくれなかった。

「梨沙、帰ろう」
 啓紀に毎日そう言われて帰る生活だった。

 このまま朝陽が目を覚まさなかったら……
このまま朝陽が遠くへ行ってしまったら……
帰ると、毎日のようにそんな不安が襲ってきた。

 病院では朝陽にずっと話しかけ続けた。
今日の出来事。行きたい場所。二人の思い出。
朝陽が聞いているような気分だった。

 そんな日々が続いた一か月。
もう窓の外はもうすっかり秋色だった。
その日も朝陽に話しかけていた。
「朝陽、今日は土曜日だよ。明日はいつも二人で出かけてた日曜日だよ」
 朝陽は目を閉じている。
その様子を見ているのは胸が締め付けられる。
「また出かけたいな」
 その時だった。
握っていた手に力が入る。
「り、さ……」
 朝陽の目がうっすらと開いたのに気づいて私は立ち上がる。

 医者からは一時的な回復だろうという事だった。
それでも嬉しかった。
もう一度、二人の時間が作れるのだから。

 朝陽はゆっくりと呼吸をしながら私に話続ける。
私はそれを笑顔で聞いていた。

「梨沙」
「ん?」
 朝陽が握っていた手にもう一度力を入れて握り返す。
「梨沙と会えてよかった」
「私もだよ」
 まるでもう終わりかのように朝陽は言う。
でも、梨沙と呼ばれる度に私は泣きたくてしかたなかった。
二人の会話は夜まで続いた。
その時間は優しくて温かい時間だった。

「眠いからもう寝るね」
 朝陽は微笑みを絶やさないいつもの表情で言う。
「わかった。おやすみ」
 私が言うと朝陽は目を閉じた。
二人の時間が惜しくて私は啓紀に頼み、その日も朝陽の隣で目を閉じた。

 朝陽の声が耳に響く。朝陽の笑顔が頭に浮かぶ。
その朝陽が私の名前を呼んでくれる。
心地いいその感覚に私はぐっすりと眠った。


 でも別れはすぐだった……
次の朝、私の前で朝陽は息を引き取った。
21歳という若さで。
朝陽の顔を見ると、涙が出そうだった。
でも、朝陽は言ってた。
「泣かないで。笑ってる梨沙が好きだから」と。

 朝陽の遺品整理をしていた日だった。
その日は啓紀も一緒に手伝ってくれていた。
朝陽の洋服には朝陽の匂いが。
朝陽の使っていたものには温かさが残っているように感じていた。
タンスの一段目を引き出すと、そこには一冊のノートと便せんが残されていた。
「なんだろう……」
 その言葉に啓紀も動きを止めて私の後ろに来た。
そこには彼の字がびっしりと詰まっていた。
ノートにはその日その日の事柄が詰まっていた。
目標には私の文字が入っている。
「こんなに書いてたんだ……」
 私は微笑み、ノートを閉じる。
残されたのは、便せんのみ。
ゆっくりと開いた便せんは私宛に書かれたものだった。

――梨沙へ――
 この手紙を呼んでいる頃には俺はきっといない。
でも、梨沙はきっと強くなっていけるから。
俺は、病気で昔から友達ができなかった。
髪を染めていたのも強がるため。
よく学校さぼって梨沙と行ったゲームセンターで途方に暮れてた。
高校も中退して何もなかった俺は余命宣告された。
その帰り道、梨沙に出会った。
あの時、梨沙と出会ってなければ、きっと俺はこんな楽しい人生送れなかった。
でも、梨沙に病気の事を黙っているのは合っている事なのかわからなかった。
梨沙が病気に気付いた事知ってて、いつも通りにしてた。
でも梨沙は変わらずに接してくれた。
ありがとう。
俺は梨沙の笑顔を見るだけでよかった。
梨沙が隣にいてくれるだけで幸せだと思えた。
もっと早く出会いたかった。
でも、梨沙に伝えたいのはこれじゃない。
俺がずっと言えなかった。
たぶん、ずっと言えないから文字にして伝える事しかできない。
けど、許してほしい。
梨沙。
あなたを愛しています。
誰よりも。
これからもずっと。
――朝陽――

 その時、朝陽がこう言ってくれた気がした。
「泣いてもいいよ」と。
私は涙を流した。

 朝陽は最後まで愛という言葉を使わなかった。
どこかでそれを求めていた私に最後の言葉として朝陽は残してくれていた。

 曇り空の合間から光が窓越しに伝わってくる。
振り向くと、まるで朝日のように輝く光が包んでいるかのようだった。
その光を見て私は言う。

「私も愛しています。朝陽……」