僕は、机の上に置いてある花図鑑を手に取って、窓に映る緑の中から咲いている花を見つけて、似た花を図鑑の中から探す。
これで、僕が今どの季節を生きているのか分かる筈なんだ。
なんて効率の悪い、なんて頭の悪い方法だと思うけれど、図鑑のページを捲っている時だけは不思議と胸が苦しくない。
窓から見える咲いている花の色は、青、紫。 形状は、大きな丸、よく見ると小さな花が密集しているようだ。
図鑑のページを捲る、捲る。
「これか」
手を止めて、そこに書かれた花の名前と写真を指でなぞる。 あの花の名前は紫陽花。
もう一種類、青紫の小さな花が集まっているのは、アジュガという花のようだった。
紙面をなぞる手を止めると、紙が手にひっついた。 肌に纏わりつく湿気を感じる。
置いた手の下に付箋が貼られていたことに気付いて手を上げると、付箋には「アジサイ、雨、季節は梅雨。6月某日」と走り書きで書かれていた。
「……6月……」
窓の外へ視線を向けると、小粒の雨が窓と花を濡らしていた。 空は、灰色でどんよりとしている。
――梅雨は、雨が降る季節だ。
これは思い出したことなのか、それとも今気付かされたことなのか、どっちを考えてみてもピンとはこない。
だけど、どちらにせよ書かなければ忘れてしまう。
けれど、いまが6月なら、僕が覚えていた雪の景色は一体いつの記憶なのだろう。
そう考えると、また額に汗が滲む。 はやく、書かないと……。
そう思うけれど、右手がまるで鉛を紐で縛り付けられているように酷く重たかった。
椅子に背を預け、右手をだらりと机の上から落とす。
こうしている間にも、思い出せない記憶がまた増えていくのに。
気持ちが焦る。 それでも少し疲れて、はあ、とため息が零れ落ちた。
目の前に書いた文字が掠れてきていたので、インク瓶を見ると中身はもう空になっていた。
困った。 在庫は、どこかに仕舞っていなかったっけ。