「ヤス様」

「デイトリッヒ。様は必要ない。それで?」

「そうでした。ヤスさん。”それで”とは?」

「説明しろよ?デイトリッヒが神殿と関係を無くしたいと思った理由は、”それ”なのだろう?」

「そうです」

 デイトリッヒは、3つの山を見る。
 ヤスを見てから諦めたように説明を始める。

 最後の山は、カイトたちに宛てた手紙だったために、デイトリッヒは簡単に説明だけして、手紙の束をカイルに渡した。
 卒院していく子供たちに渡していた物で、カイルたちの卒院に向けて書かれていたものだった。

 話を聞いて、カイルとイチカは一筋の涙を流したのだが、すぐに涙を拭き取り、しっかりとした表情でデイトリッヒを見つめる。

「ヤス兄ちゃん。俺たち・・・」「ヤスお兄ちゃん。私やカイルが邪魔なら」

「ふたりとも勘違いするな。今から、話すのはお前たちのためにするのではない。俺の大切な物を奪おうとした奴らに・・・。そう、嫌がらせをしてやろうと思っているだけだ」

「嫌がらせ」

「そうだ。そのために、皆の考えや持っている情報が欲しい。カイルとイチカも何か知っていたら教えてくれよ」

「うん!」「はい!」

 カイルとイチカはヤスの話を聞いて嬉しくなった。父親と母親の敵討ちの話ではないのは残念に思ったが、自分たちを大人と同列に扱ってくれる。自分たちの意見を聞いてくれるのだ。

「デイトリッヒ。一つはわかった。残りの書類は?」

「はい。一つは、孤児院や彼らが持っていた財産や権利書です」

「そうか・・・」

「ヤスさん。どうしたのですか?」

 サンドラが、暗そうなヤスを見て質問してきた。ヤスは、サンドラなら解るだろうと自分の考えを告げる。

「なぁサンドラ。俺は、リップルとかいう子爵家を知らない。知らないから聞くのだけど、彼らは強欲か?」

「・・・。はい」

 躊躇はしたが、サンドラはヤスの問いかけを肯定する。

「そうか、そんな彼らなら、孤児院の土地や権利を、無理やり奪った上で、権利書の偽造くらいやりそうだよな?」

「・・・。やっていると思います。権利書の原本は、ギルドにあると思いますが、今までの彼らのやり方を見ていると、ギルドの職員を脅すか買収して、原本の偽装くらいは平気でやるでしょう」

「だよな・・・。ギルドも協力をしている可能性があると、そちらから手を回せないか?ドーリス?」

「難しいです。結局、ギルドの支部には独立した考えが保証されていて、支部で方針が違うのはよくあります」

「そうか、本部に言っても無駄か?」

「無駄ではありませんが・・・」

「取り戻すのは難しいのだな」

「はい」

 ドーリスの考察は正しい。
 正式な書類の保管場所として使われるギルドが不正をしているのだ、対応が難しくなるのは当然だ。本部も、支部を潰しかねない不祥事の対応を行う可能性は極めて低い。調査はするだろうし、不正を働いた職員が処分されるだろう。しかし、そこまでだと思える。ドーリスが書類を確認すると、孤児院の財産や権利書は”商業ギルド”が保管している。商業ギルドは、仲介が主な業務なので、子爵家から睨まれると業務が難しくなる。『職員が不正を働いていたが、書類は問題なかった』と発表して終わりだろうというのが、ドーリスの予想だ。

「ドーリス。冒険者ギルドにも、財産が保管されているが、こっちも同じか?」

 書類をパラパラ見ていたヤスが、自分が見ていた書類をドーリスに渡して質問した。

「お二人の冒険者時代から貯めていた財産ですね。これなら保護されています。管理下が、本部になっています。確認してみます」

「頼む。移譲ができるようなら、神殿のギルドに移譲したほうがいいだろう?」

「わかりました。まずは、確認してみます」

 ドーリスが、書類の一部を持ってギルドに戻った。ドーリスが1人で行うには大変な作業なために、ミーシャとツバキが手伝いで一緒にギルドに戻った。

「デイトリッヒ。もう一つが、お前に覚悟をさせた物だな」

「はい」

 ヤスが聞くまでも無く、説明を聞いた2つは、デイトリッヒが神殿からの追放を願うまでもなく解決できる問題だ。

 デイトリッヒは姿勢を正した。ドーリスとミーシャが居ないが話をすすめるようだ。

「ヤスさん。私は、リップル子爵領にある孤児院の出身です。カイトとイチカの兄です」

「それで?」

 同じ話を先程も聞いているので、ヤスの反応は淡白になっている。しかし、デイトリッヒはそこから始めなければならないと思っているのだ。

「彼ら、あぁカイルとイチカの父親と母親も俺と同じ孤児院の出身だ」

「え?」

「話すと長いが、俺たちの父は、帝国に騙されて・・・」

「そうか、カイルたちの父親と母親は、孤児院を継いだのだな」

「そうです。そして、リップル子爵家と帝国がしている悪事を暴こうとしていた」

「そこに繋がるのだな」

 聞いている者たちも初めての話なので黙って聞いている。カイルとイチカも何も言えない表情になっている。

「子爵家の現当主は、帝国に内通しています」

「・・・」「え?」

 反応したのは、サンドラだ。
 しかし、ヤスが質問しようとしたサンドラを手で制する。話が進まないと思ったのだ。

「デイトリッヒ。話を続けてくれ」

「はい。リップルの奴らは、帝国と手を組んで”スタンピード”を発生させる研究をしている」

 ディアスがピクッと身体を震わせる。

「目的まではわからないよな?」

「推測ですが、レッチュ領への攻撃を意図していると思います」

「それはデイトリッヒの推測か?」

「はい」

「わかった。それで?」

「え?」

「それだけで、デイトリッヒの命を天秤の反対側に載せる価値はないよな?」

「はい。奴らは、塩に混ぜものをして領内で売りさばいています」

「え?どういうこと?」

「ヤスさん。混ぜものをした塩を正規の値段で売って、余った塩はどうしていると思いますか?」

「帝国に横流ししているのだな」

「はい。それだけではなく、他の領に住んでいる盗賊に流したりもしているようです」

「塩はそんなに価値があるのか?」

「ヤスさん。塩は、領主しか販売を許されていません」

 サンドラが事情を説明した。

「サンドラ。その塩は、誰が作って、誰が運搬しているの?」

「王国では、国王の指示で塩を生成して販売しています。砂糖も同じです。誰が作っているのかは・・・。わかりません」

「ふーん。塩と砂糖か・・・。胡椒はどうだ?」

 ヤスはエミリアの交換リストを眺めながらサンドラに質問する。

「胡椒ですか?」

 サンドラは、首を横にふる。わからないようだ。

「セバス。胡椒と、そうだな・・・一味を持ってきてくれ、塩と砂糖も一緒に」

「かしこまりました」

「ドーリス・・・は、いないか?ミーシャもまだ戻ってきていないか?ディアス」

「はい」

「ツバキと一緒に、運んできた物資の中に、塩と砂糖があったと思うけど、持ってきてくれないか?」

「はい」「ヤスさん。それなら、ギルドで保管しています。物資と同じ物です」

「そうか、サンドラ。悪いけど、少しでいいから持ってきてくれないか?」

 部屋の中には、ディアスとツバキとデイトリッヒとカイルとイチカが残った。

「イチカ」

「はい!」

「孤児院で料理を作るときに、塩や砂糖を使ったよな?」

「・・・。はい」

「その時には、どうやって使った?」

「え?」

「混ぜものが有ったとデイトリッヒが言っているだろう?そのまま使ったのか?」

「えーと。お塩は、水に溶かして、その水を使いました。砂糖は・・・。使った事がないのでわかりません。ごめんなさい」

「いや。いい。ディアス。帝国でも同じ使い方か?」

「わかりません。ごめんなさい」

 ディアスは捕らえられていた期間が長いために帝国の事情を知らない。

「ヤスさん。レッチュ領では、塩は塩として使います。砂糖も同じです」

 デイトリッヒがレッチュ領での使い方をヤスに説明した。
 扉が空いて、サンドラがやってきた。

 塩は、淡いピンク色をしていた。岩塩の様だ。砂糖は、黒に近い茶色の塊だ。

 ヤスは、塩をつまんで味をみた。砂糖も同じ様にした。砂糖からは強い”えぐ味”を感じた。えぐ味が強いので料理には向かないだろうと思ったのだ。

 セバスが塩と砂糖と胡椒と一味を持ってきた。セバスがヤスに持ってきた物を渡すタイミングで、ドーリスとミーシャも戻ってきた。

「丁度よかった。知っている者も居るけど、”これ”は俺が使っている、塩と砂糖と胡椒だ。一味は、辛い味付けにする時に使っている」

 ディアスだけは知っている。ヤスがリーゼの家とディアスの家には最初に渡したからだ。ディアスは、ヤスから支給された物が”この辺り”で一般的な物だと思っていた。

「ヤスさん!これが、塩なのですか?砂糖もこんなに白いなんて・・・。胡椒が砕かれている?」

 サンドラが一番驚いている。

「舐めてみてくれ」

 皆が指につけて舐めて、塩と砂糖を確認する。
 カイルとイチカは、塩は知っているが、砂糖が甘い物だという知識はあるが、実物は知らなかった。