幸い周りには僕たちを知っていると思わしき人物はいない。周りから楠野さんの名前を挙げる声が聞こえないからだ。いくら雑音にかき消されるとはいえ、楠野さんの名前が出てきたら僕は一瞬で気が付いてしまうだろう。それくらい今、彼女の事を意識しているのだから。しかし、もし見られていた時の事を考えたら……。僕は楠野さんにこう提案を持ち掛けた。
「楠野さん」
「なに?」
「ちょっと他の人とは違う場所で見ない?」
 こうして始まった僕の提案は幸いな事に楠野さんが「ほかの人が知らない様なスポットで花火が見えそうな場所があったら面白そう!」と乗ってくれたために事なきを得た。問題はそんなスポットがどこにあるのかという事だけど……。
「あ、それならこの間行った場所が良さそう!」
 そう彼女がおすすめの場所を提案してきた――

 そうして、僕たちがやってきたのは花火大会の会場から少し離れた山にある小さな公園だった。何故彼女がこの場所を知っているのかは謎だったけれど、それは聞かないでおく。とりあえず、彼女が言う通りこの場所は花火を見るにはかなり良い場所だ。
 ここから花火大会の会場である川がよく見える。つまり、花火の絶景が見られるという事を示す証というものだった。なお、公園自体はとても狭く雨よけになりそうな木造の屋根とベンチぐらいしかなかった。だから、公園なのかと言われたら微妙なのかもしれないけれど、入る時にここは公園であるという看板が掛けられているのを見たので、一応公園という事にしておく。
「ここなら、確かに見れそうだね」
「でしょー? ここはなかなか注目度が低いからね。何故か」