「おっぱいの量が足りてないかもしれないんだって。これからはミルクも増やしていきなさいって、言われちゃった」

 帰ってきた夫・晴一の食事を用意しつつ、なぎさは溜息混じりに報告した。

 今日は息子の三ヶ月健診だった。特に大きな問題がなかったのはいいのだが、体重が成長曲線をわずかに下回ってしまったため、指導が入ったのだ。

 完全母乳で育てたいと今まで頑張ってきたなぎさにとって、息子の体重が思うように増えていなかったという結果は、自分の努力、もしくは自分そのものが否定されたようでショックだった。

「そうか。だったら、これからはもっと乳に良い物を食べればいい」

 晴一はそう言って味噌汁を啜った。しれっと口にする晴一に、なぎさは沸々とした怒りが込み上げてきた。

 母乳については妊娠中からたくさん勉強してきたし、これでも三ヶ月は母乳育児をしてきたのだ。晴一に言われるまでもなく食事の重要性などわかっているし、心掛けてきたつもりだ。それを、仕事ばかりで育児のことなど何もわかっていない男が、よく口に出来たものだ。

「気をつけてるってば。あなたは本当に、当たり前のことしか言わないのね」

 なぎさの言葉もつい、棘のあるものになってしまう。

 良く言えば、真面目で誠実な旦那。悪く言えば、面白みのない旦那。好きで一緒になったはずなのに、子どもが生まれてからはどんどん夫に対する愛情が薄れてきているのを実感していた。これが噂の、産後のホルモン変化というものだろうか。

 とはいえ、なぎさも育児の疲れから添い乳しながら乳丸出しで寝たりしているし、晴一もなぎさのことを女として見ていない気がする。だからお互い様だ。

 晴一はなぎさの毒も平気で受け流し、きんぴらごぼうを咀嚼している。他にも言ってやりたいことは色々とあるが、ぐっと胸の内で堪えて頬杖をついた。

「……あー、牛になりたい。牛だったらきっとおっぱいもいっぱい出るから、こんな風に悩まないですむんだろうな」

 乳首を四つぶら下げ、草を食む自分を想像し現実逃避していると、晴一は動かしていた箸を止めた。

「俺は牛を抱くのは嫌だ」

 この男は真面目な顔をして、急に何を言っているのか。

「……いや、軽い冗談でしょうが」

 呆れたように言うと、晴一は頷いて再び箸を動かし始めた。その見本のような正しい箸の使い方に、思わず笑みが零れた。

「……お代わり、いる?」

 差し出された茶碗を受け取り、なぎさは腰を上げた。そして、夫の茶碗に温かいご飯をたっぷりよそってやった。(了)