目を覚ますと、頬が濡れていた。突っ伏して寝ていた机の上に、小さな水たまりができている。
夢を見て泣いたのか、それとも寝る前にこぼした涙なのか、わからなかった。
似たような夢を、ここ最近何度か見ている。
いつも蝶々が飛んでいる。そしてその群れの中に一羽、光を放つ蝶がいる。誰かの声がする。誰の声なのか私はよく知っている。毎回、飛んでいる場所だけが違う。
その場所を、私はうっすら感じることができる。体が魂を、呼んでいるのだとわかる。
「お姉ちゃん、お風呂出たよ」
部屋の外から、由佳ちゃんの声がする。
窓の外を見ると、さっきのゲリラ豪雨が嘘のように空が晴れていた。窓の軒から滴る水滴が、ぽつぽつと下の屋根を打っている。
窓を開けると、ひんやりとした冷気が部屋に忍び込んできて、あっというまに熱を奪う。身震いしながら私は息を吐いた。
まだ白くはならないけれど、そう遠からず冬がくる。
死ぬということ。
生きているということ。
こんなにも命について考えた数ヶ月はなかった。
死は、生物的に見れば生命活動が終わりを迎えるというだけのことなのかもしれない。
だけど私たちにとって、親しい人の死はそんなに単純で、わかりやすい、学問的な定義の一つじゃない。
それは、自分の一部がなくなる感覚だ。
喪失感とか、胸に穴が空くとか、無理矢理言葉にしようとすれば、そんな表現になるのかもしれないけれど。それが百パーセント正しい言葉だとは、私は思わない。思えない。たった数言で言い表せるような、シンプルな感情じゃない。
死にたくないな、とぼんやり思う。
私は、死にたくない。
だからあの日、佐島から逃げたのだ。そしてそれは、和佳から逃げたということでもある。
文化祭の日に自問した。猫の魔法使いの劇を見ながら、もし私があのとき、自らの死と和佳の死を、選ぶことができたなら、どちらを選んだだろう、と。
自答した。私は和佳を助けた、と。
嘘をついた。きっと私は、私を助けた。あのとき、佐島から逃げたのがいい証拠だ。
「お姉ちゃん?」
由佳ちゃんと仲良くなった。クラスで、川村さんと話せるようになった。クラスのみんなとも少しずつ馴染んできた。秀とも、少し、距離を縮めた。和佳でいることが、楽しくなっていた。
このまま生きていけるんじゃないかって、思っていた。
でもきっと、そんなわけない。
本当は、心のどこかで、ずっとわかっていた気がする。こんな日が来ることを、知っていたような気がする。
「お風呂あいたよー」
「うん。もうちょっとしたら行く」
私は部屋の外に返事をしながら、机の上に再び日記を広げた。
ペンを手に取り、しばらく息を詰めてから先端を紙の上に走らせる。
和佳の筆跡にならないよう、自分の筆跡を思い出して書こうとしたけれど、それはもう思い出せなかったから諦めた。
しばらく書き続けて、ふっと時計を見るともう一時間が過ぎていた。日記を元の場所にしまってペンを片付けると、私は風呂に入るために部屋を出た。