とりあえず朝の分の仕込みを終えると、その日はお役御免で、私は十時頃に解放された。キャベツなんか当分見たくない。ネギもたこもさすがにうんざりだ。

 秀のクラスの劇が十時くらいからあって、秀も照明を回すらしいのでそっちへ行ってみることにした。

 オリジナル劇。タイトルは「猫の魔法使い」。秀から聞いたまんまのタイトルだ。二足歩行の猫が杖を振っているイメージを勝手に持っていたけれど、どうなんだろう。

 ポスターは猫のシルエットだけのシンプルなデザインで、簡単なあらすじにはこうある。

 高校二年生の林弥は、交通事故で下半身不随となってしまう。大好きなバスケットボールの道を断たれた彼の前に突然現われたのは、銀色の体毛を持つ奇妙な猫。人の言葉を喋る彼女は、事故の過去をなかったことにできるという。ただし、その代わりに誰か別の人が事故に遭うと告げられ、林弥は――。

 どことなく文学的だ。文化祭向きじゃない感じがする。わかりやすさ、派手さを求められがちな文化祭の劇で、このテイストは珍しいような。

 それでもそのあらすじに惹かれたのは、たぶん自分の状況にどことなく重なったからだ。

 私も事故に遭って、でも代わりに死んだのは和佳だった。
 私の場合は、選べたわけではないから比べられないけれど。でももし私がそれを選べたら、どうしただろう。自分が死ぬか。和佳を死なせるか。

「……もちろん、和佳を生かしたよ」

 なぜか口に出した台詞は、まるで言い聞かせるように聞こえた。でもそうでしょう? 事故で死んだのは私の肉体なのだから。当然、そのときに消える魂も私のものであるべきだ。

 彼は、林弥はどうするのだろう。

 劇の行われる視聴覚室へ向う道すがら、私はぼんやりとオリジナル脚本の主人公に思いを馳せた。